溺愛したい彼氏は別れても、溺愛をやめたくない。

「おい、識……!」

「あのさ、父さん。」

 父さんが兄さんを呼んだけど、兄さんは強い語気で返す。

 その瞬間、兄さんはこれ以上ないくらいの黒い笑みで言い放った。

「僕らを都合のいい道具だと思わないほうが良いよ。父さんからは道具だとしても、僕らは人間だから……さ。」

 兄さんがそう言うと、父さんは満身創痍したように腰を抜かした。

 よっぽど、兄さんが怖かったんだろう。

 俺だって……あんな怖い表情してる兄さんを見るのは、初めてだった。

 兄さんの豹変に驚いて立ち尽くしていると、こう声をかけられた。

「庵、ちょっと話がある。おいで。」

「……分かった。」

 静かな口調で言われた言葉に肯定を返し、兄さんについていく。

 兄さんが何を考えているのか、俺には分からない。だって兄さんは、俺よりも凄い人だから。

 玄関を出て、冷たい夜風に当たる。

 それと同時に、兄さんは口を開いた。

「勝手な事言っちゃってごめんね。もしかして、会社継ぎたかった?」

「いや、正直継ぎたくない。けど、兄さんがそう言う必要はなかったはずだよ。」