「藤乃さんの気持ちは分かる。でも俺だって、藤乃さんのこと諦めたくない。誰よりも好きなんだ。」

「……っ、ごめん。」

 私は耐えきれなくなり勢いよく市ヶ谷君の胸板を押し、荷物を持って家の方向へと走る。

 市ヶ谷君の姿が見えなくなるまで無我夢中で走って、立ち止まった時にはもう息切れが凄かった。

 はぁ、はぁ……っ。

 脈が速くなっているのを感じ取り、落ち着かせる為に深呼吸を何度も繰り返す。

 頭の中には、さっきの庵先輩の姿と市ヶ谷君の姿。

 けど、先輩の姿のほうが断然鮮明に残っていた。

 先輩があんなに気を許した笑みを見せてたの……初めて見たかもしれない。

 先輩は誰にでも優しいけど、あの笑顔はいつもの笑顔じゃなかった。

 ――私に向けるような、親しい笑顔だった……っ。

「……っ、うぅっ。」

 その場で立ち止まって、また零れてきた涙を拭う。

 頑張って頑張って止めようとしているのに、雫は止まる事を知らない。

 それがまた私を悲しめる原因となって、大きな声を上げて泣きそうになってしまった。

 空はどんよりとした、今にも雨が降りそうな曇天。