池より少し奥に進んだ参道で彼は振り返る。
私も目線が重なったと同時に足を止めた。
今日の彼は感情的に気持ちを伝えてきたあの時とは別人のように穏やかな目をしている。
「この前は街中でいきなり抱きついたりしてごめん」
「…ううん」
目線があっと言う間に彼の瞳の中に吸い寄せられていくと、ハートビートが大きく揺れ動く。
「彼…、大丈夫だった?変に刺激しちゃったから、あれからどうなったかなと思って」
「気にしなくて大丈夫。翔くんは怪我をしてない?あの時は理玖が少し攻撃的になっていたから」
「ん、大丈夫。……こうやってお前のところに来るのは今日で最後にするから話をしよう」
「…うん」
彼の瞼が一段階下がると、何かを意味しているかのように唇を噛み締めた。
今日で最後という事はきっと永遠のお別れを意味してるんだよね。
先日は突き放してしまったし、傷付けてしまったし、咲の件もあったから今更私の傍にいてもメリットがないよね。
でも、諦めをつける一方で、彼の言葉一つ一つを胸に刻んでるうちに悲しくなっている自分もいた。
「今まで会いに行かなくてごめん。俺の努力が足りなかった。それに、街を去ってから泣かせてたみたいで…」
「…ううん。沢山手紙を書いてくれてありがとう。読むのは遅くなっちゃったけど、嬉しかったよ」
「ずっと会いたかった。恋しい日々が続いていたし、お前の事を忘れた日は一日もなかった」
「……んっ」
恋のスパイスは刺激が強くて雑味を感じさせないほどの苦味が留まっている。
涙で歪み始めた彼の姿を瞳に映しながら大きく頷き、いま自分が出来る限りの精一杯の返事をした。