ーー塾を辞めた週の土曜日の午前中。
愛里紗は気分転換にぶらりと散歩に出ると、無意識のうちに思い出の神社へと足を運んでいた。
昨晩、理玖から電話でデートのお誘いがあったけど、『体調が良くないから』と理由をつけて断わった。
身体はどこも悪くない。
悪いのは自分の都合だけ。
理玖は割と近所に住んでいるから、いまこの神社を訪れたら嘘がすぐにバレてしまう。
でも、それでも構わないと思ってしまうほど、ここ数週間の私の心はくたびれていた。
神社に到着すると、池の周りを囲んでいる岩場に小さくしゃがみ、涙で腫らした目でぼんやりと池の中を眺めていた。
池の中にいる鯉はスイスイと気持ち良さそうに泳いでいるが、心ここに在らず状態の今はその光景が目に焼き付いていない。
神社に参拝に訪れる人の足音や話し声。
風で木の葉同士が擦れ合うような軽やかな音。
神社の脇の道を通り過ぎる車の音。
生き生きとしぶきをあげて泳いでる鯉の、水面を弾かせるような水の音。
普段何気なく感じ取ってる音すら耳に入らず、太陽の光と雲で隠れた日陰の両方を身体に浴びながら、ただ何もしない時間だけが過ぎていった。
すると……。
揺れる水面に小さく映っている愛里紗の影の隣に新しい影が映し出された。