鼻からチョコの香りが抜けていくクッキーを噛み砕いたまま、咲用の猫柄の紙袋をカバンの中から出して渡した。

咲のクッキーと比べると私のマフィンは食べ物以下だから、そんなに喜ばれてしまうと逆に困ってしまうけど……。
バレンタインだし、何もないよりはマシかな。



……いや、逆に忘れたフリをした方が迷惑をかけずに済んだのかもしれない。
最終的に私はどんな方向からも、咲に迷惑をかけているだろう。

咲は紙袋を受け取ってから両手で開いて中を覗き込むと、ワッと喜んだ。



「うわぁ、ありがとう!愛里紗は何作ったの?」

「い…一応、チョコレートマフィンを」


「すご〜い!やるね!ねぇ、今から食べてもいい?」

「えっ……。いっ…、今?」



紙袋の中に入ってるマフィンが毒マフィンだと知らない咲は、私の目の前で地獄に向かおうとしている。

気まずさのあまり自然と声がひっくり返ってしまったが、幸運にも咲はマフィンに気を取られているので不審な様子に気付かない。



「早く食べたいなぁ。ね、箱を開けてもいい?」

「…あっ…あのね、マフィンは一日置いた方がしっとりして美味しいんだよ」


「ふーん、そうなの?じゃー、明日家でいただこうっと!」

「あ、あはは……。そうして」



冷や汗を滲ませてそう言う。
毒マフィンを食べようとしていた咲の寿命を一日だけ延ばしてみた。

でも、咲とは違って静止が効かない理玖は、きっと今日中に地獄へと落ちて行くに違いない。