ーー現在の時刻は23時12分。

母親が寝室に入っていく音を聞き取った後にキッチンに立って、二年前のバレンタインの時に買ったお菓子の本を開いた。

中学生の時以来本は開いてなかったから、マフィンのページにしか折り目はついていない。



精神的にも肉体的にも疲れていたので、無表情で無力のまま材料を計量してから、ボウルの中に入れた材料を泡立て器で混ぜた。

生地を型に流し込んでオーブンに入れてからマフィンが焼けるまでの時間は、疲れた身体を少しでも休める為に、椅子にお尻を沈ませてダイニングテーブルへうつ伏せになる。





ピーッ ピーッ ピーッ…



シンと静まり返ってるキッチンにオーブンの終了音が鳴り響いた。
照明一つの光に包まれながら、一人両腕の中に埋めていた鼻にはチョコレートマフィンの香りが漂う。

重い身体でフラリと席を立ってミトンを装着してからオーブンに手をかける。


何処か気が逸れてしまっていたせいか、お菓子作りの腕前は二年前のあの時と同じ。
焦げてしまったマフィンからは成長が見えない。

まるで当時の気持ちを引きずっているかのように、不器用なままの時を過ごしている。




オーブンから取り出したばかりの焦げたマフィンをテーブルに置いて冷ます事に。



カチ… カチ… カチ…



オーブンの作動音が止まった後は、ダイニング時計の秒針を刻む音が届いてきた。

再びダイニングテーブルに両腕を置いて、ため息交じりでもたれかかるように腕の中に顔を埋める。

頭に思い浮かんできたのは、理玖の馬乗り状態から解放されたばかりの翔くんの姿だった。