愛里紗は家に上がると、台所付近を見回して昼食を探した。

ところが、テーブルの上どころか付近には何も置いていない。
冷蔵庫を開けてみてもおかずらしきものは見当たらないので、背後の翔に尋ねた。



「お昼ご飯はどこに用意してあるの?」

「飯なんていつも用意してないよ。あるのは昼食代だけ」



翔はポケットに手を突っ込み、チャリチャリと音を鳴らしながら中の小銭を握りしめて愛里紗に見せた。

拳が開かれて小銭が覗かせた瞬間、愛里紗はショックを受けた。



私は母親が作ってくれる温かい料理をいつも当たり前のように食べていた。
だけど、みんなが自分と同様の生活をしている訳ではない。

それは、いま小銭を見せてくれた彼が無言で教えてくれた。



専業主婦として家に居てくれる母親もいれば、働きに出て常に不在がちの母親もいる。

きっと、彼の母親は後者。
仕事が忙しくて時間がなかなか取れずにお昼ご飯を作る余裕が無かったのかもしれない。

台所のシンク内には、朝食時に使ったと思われる置きっ放しのコップと重なっているお皿が母親の忙しさを物語っていた。



愛情たっぷりの温かいご飯を母親が見守る前で当たり前のように口にしている私は、母親が傍に居てくれるありがたみを感じた。

逆に昼間一人ぼっちで過ごしている彼は、普段からこんな様子で過ごしているかと思うと不憫(ふびん)に思ってしまい、キュッと胸が締め付けられた。




彼の現況は小学生の私に言葉を選ばせるくらい深刻に思えた。

両親の不仲に心を痛めて小銭を握りしめて一人寂しく過ごす彼の深い悲しみが、私の本能を刺激している。