理玖と翔くんに再会する前まで、私の一番大切な人は咲だった。
咲とは高校入学直後から姉妹のように仲良くしてきたから、失恋で負った心の傷の深さがどれくらいのものなのか身に染みるほどわかる。
でも、そんな咲の笑顔を奪ったのはこの私。
私が咲のバイト先まで行かなければ運命は狂わなかったのに……。
翔は愛里紗の背中を目で置いながら荷物を手に取ると、後を追って大声で呼んだ。
「愛里紗……。……っ、愛里紗…」
愛里紗は滴る涙を手の甲で拭いながら、改札前を通ってバスターミナル方面へと足を走らせた。
数メートル後ろを走る翔は、改札口から乱流してくる通勤通学帰りの人波に行く手を阻まれながらも名前を連呼する。
だが、愛里紗は繰り返される呼びかけに振り返えろうとはしない。
外は冷蔵庫のように厳しい寒さだが、愛里紗はコートと荷物は共に右腕にかけたまま。
寒さを忘れてしまうくらい必死に走っている。
翔は後ろでコートを袖に通しながら徐々に距離間を縮めていき、隣についたと同時に言った。