おじいさんは、目を細めながら愛里紗の表情を一つとして見逃さないように見つめて話を続けた。
「口実を作って毎日ここに来るように言っておるんじゃが……。こんな事で彼の心が満たされるとは思っとらん」
「……」
「愛里紗ちゃんが来てくれるようになってから、無表情のあの子にも笑顔が増えたような気がするんじゃが」
「……どうですかね」
「だから、あの子の為にも引き続き神社に遊びに来てくれると嬉しいのぅ」
おじいさんはシワシワの口元を緩ませると、何かを思い描くような遠い目で空を見上げた。
知らなかった。
彼が複雑な家庭事情を抱えてたなんて…。
両親がいつも仲良く笑って過ごすのが、当たり前だと思っていた。
自分の家庭を基準にしていたから、他の家庭もそうなんだと勝手に決めつけていたところがあったのかもしれない。
だから、彼の家庭事情を知ってショックを受けた。
私が神社に遊びに来る事によって彼に笑顔が増えるなら、いま自分に出来る事は一つ。
「おじいさん…。私、毎日必ず来ます!谷崎くんに会いにこの神社へ」
愛里紗は胸に手を当てて勇敢な目つきでそう言うと、おじいさんは穏やかにコクリと頷いた。
池で餌をあげ終えてから二人の元へやって来た翔は、自分の話をされていたとも知らぬまま無邪気な笑顔を向けた。
「江東!いま池の中から亀が出てきたよ」
「うそぉ。いま行くね!」
愛里紗は活気のある翔の笑顔の裏側に孤独な一面を持ち合わせているかと思うと、胸にグッと込み上げてくるものがあった。