「転校生の江東だよね。俺、谷崎って言うんだ」
背後から無表情で現れた翔は軽く自己紹介をすると、持っている鯉の餌を池に手慣れた様子でサーっとばら撒く。
鯉は池に浮かんだ餌を目掛けて一斉に群がり、バシャバシャ水しぶきを上げながら餌の奪い合いを始めた。
翔に一目惚れしている愛里紗にとって、翔が鯉に餌をあげる姿や、生命力を剥き出しにしている鯉や、水面がキラキラと反射している輝きなど何もかもが美しく感じていた。
「俺は神社のおじいさんに頼まれて毎日鯉の餌やりをしに来てるんだ」
「そうなんだぁ」
「ここは小さな池だけどカメだっている。俺の唯一のお気に入りの場所だよ」
透き通った目をキラキラと輝かせながら自慢気に話している彼の横顔に、再び胸がトキめいた。
「ごめんね、邪魔しちゃったかなぁ…」
「いいよ。一緒に餌をあげる?」
「うんっ!」
愛里紗は翔から鯉の餌を受け取ると、手前に群がってる鯉に餌やりを始めた。
彼の隣に居るだけでも不思議と胸が躍る。
こうして、日が落ちるまで二人だけの特別な時間が流れていた。
偶然とはいえ、教室で直接話しかける勇気がなかったから、今日この神社に来て良かった。
夕陽を浴びている愛里紗は鳥居の前に立つと、別れ際に言った。
「谷崎くん。また、ここに遊びに来てもいいかな?」
「もちろんいいけど…。これは二人だけの秘密だよ」
翔はそう言って小さな笑顔を向けた。
二人だけの秘密…。
その響きが、私だけが特別だという優越感に浸れて嬉しく思った。