ーーあの当時は幸せだった。


微笑み合った時間も。
彼女が励ましてくれた時間も。
気持ちが交錯して喧嘩していた時間も。
心が通じ合った時間も。
ドキドキした時間も。
彼女の冷たい手を握りしめていた時間も。

俺にとっては全てが特別な時間だった。
今となっては、あの時の時計の進み方がやけに早いように感じている。



小さく頭を頷かせながら黙って聞いていた父親は、小六の愛里紗を思い懐かしんでいる翔に言った。



「もしかして、その子はお前がいつも寝ていた時にはめていた手袋をプレゼントしてくれた子なんじゃない?」

「えっ!父さん、知って…っ…」



正直焦った。
何故なら、たまにしか帰宅しなかった父さんに秘密がバレていたから。



「あぁ。自宅へ戻った時はなるべくお前の寝顔を見るようにしていた。…もうすぐでお前と会えなくなると思っていたからね。手袋はいつもはめて寝ていたから、きっと大切な人からもらったんだろうと思っていたよ」

「彼女はあの時から俺にとっては世界一大切な人なんだ」



愛里紗の事を思い描く度にくすぐったく感じるこの感情は、小学生当時からちっとも変わらない。

恋心は未だに胸の中で生き続けている。

彼女の温もりに包まれるように眠っていたあの頃は、彼女が傍にいてくれたからこそ幸せだった。



だから、どんなに孤独で辛くても、寂しくても、悲しくても、一人で耐えられる事が出来たのかもしれない。