理玖は身体をゆっくり離すと、愛里紗の顔を心配そうに覗き込んだ。



「泣いたの……?」



愛里紗は瞼を伏せてコクンと頷く。



本当は私よりも理玖の方が傷付いているはずなのに、自分の気持ちはそっちのけで優しく気遣ってくれる。
申し訳なく思うあまり頭を上げる事が出来ない。



「昨日は約束を破ってごめんなさい…。スマホを持たずに家を飛び出しちゃったから連絡出来なくて」

「おばさんから聞いたよ。ケンカしたんだって?」



頭上から心配する声だけが聞こえてくる。


理玖は、私が翔くんと抱き合っていた事実を知らない。
表情が曇りがちのまま黙り込んでいると、彼は頭上からひとこと言った。



「俺は何も聞かないよ」



そう言って、私の頭をポンポン二回叩いて静かに部屋を出て行った。



本当は怒鳴り散らしてもおかしくないくらい心配と迷惑をかけたのに……。
彼は昨日と今日の行動を何一つ問いただそうとはしなかった。



聞きたい事や言いたい事は沢山あったはず。
でも、自分よりも私の気持ちを優先して口を噤んだ。



玄関扉がバタンと閉まる音を聞きとってから、机の上に丸一日以上放置していたスマホを手に取りホーム画面を開く。




すると、先に目が止まったのはホーム画面に表示されているアイコンの右上の数字。

未読メッセージが21通。
電話が9回。


電話とSNSメッセージのアイコンをタップして内容を確認すると、着信は全て理玖から。
何も聞かなくてもこのスマートフォンには心配した形跡がしっかりと残されている。