翔の母親は車のエンジンをかけてワイパーのスイッチを入れる。
車のエンジン音は、バケツをひっくり返したような豪雨によってかき消されていく。


翔が後部座席の窓を開けて顔を覗かせた瞬間、車は発車。
すかさず身を乗り出しながら愛里紗と目線を合わせると、最後の力を振り絞って大声で叫んだ。



「ありさああぁぁ…………!」



翔の悲鳴混じりの泣き叫ぶ声が、神社全体を包み込む。

一方の愛里紗は、翔の声がもう二度と聞けなくなると思った瞬間、半ば諦めかかっていた気持ちが再燃した。



「谷崎くんっ!嫌だっ、待って………」



愛里紗は翔がいなくなる恐怖がこみ上げてくると、手にしている傘を投げ捨てた。
イルカのストラップを左手に握りしめて溢れる涙を滴らせながら、暗闇に向かっていく車の後を追いかける。



「待って!行かないで。谷崎くんっ……谷崎くんっ………」



だめ、行かないで。
お願いだから何処にも行かないで…。

私を街に残したまま遠い所になんて行かないでよ…………。

一人ぼっちになんてしないで。