愛里紗は鳥居へと向かっている最中、昔翔と二人で鯉の餌やりをしていた池の方に意識が吸い込まれた。
そのままふらっと立ち寄って池の手前にしゃがみ中を覗く。

すると、池の中には大きな鯉に紛れて小さな鯉が気持ち良さそうにスイスイと泳いでいた。



「あ、赤ちゃん鯉がいる」



池に軽く身を乗り出しながら、無意識にポツリと呟いた。


一旦帰宅を決意したものの、赤ちゃん鯉を理由に帰らなくて済む方法を考えていた。



もう、帰らなきゃいけないのに…。
まだ帰りたくない。
未だに帰宅を躊躇しているけど、私には帰宅するしか選択肢は残されていない。


今から行く場所なんてないし、家出をする勇気もない。
お金はないし、スマホも服もない。



愛里紗は胸にぽっかり穴が開いたまま水面をボーッと見つめた。

すると、足音と共に池の端から影が少しずつ水面に映し出されていく。
それと同時に背後から人の気配を感じた。



「赤ちゃん、生まれたんだな」



愛里紗は背中から浴びた声にビクッと反応して、誰かと思いゆっくりと後ろに振り返ると…。

そこには、グレーのコートを着ている翔が背後から少し屈んで池の中を覗き込んでいた。