愛里紗は物置から出て行こうと思って立ち上がったが、母は逼迫した表情で腕を引き止める。



「やだ、腕を離して!」

「愛里紗、お母さんとゆっくり話し合おう。谷崎くんの件はもう過去の話なの。引っ越した時点でお別れするのが正解だったのよ。部活に勉強、中学に進学してからやらなきゃいけない事が山積みだったでしょ」


「過去の話にしたのは一体誰よ………。最初の手紙を素直に受け取れていれば、少なくとも過去の話にならなかった。今でも谷崎くんと幸せに過ごしていたかもしれないし、部屋に引きこもるくらい落ち込まなかったはず。……母親なのに、自分の娘の幸せを奪うなんて信じられないっ!」



愛里紗は堪忍袋の緒が切れて母親の手を勢いよく振り切り、その場から走り出した。

母親は手を伸ばして声で娘を呼び止める。



「愛里紗っ………。愛里紗っ………」









今までこんなに大きな親子ゲンカはした事は一度もなかった。

私が大切にしているものを一番よく知りつつも、隠して解決しようとしていた事がどうしても許せなかった。


家族として信用している分、心の傷の深さは計り知れない。





こうして愛里紗は部屋着でベランダのサンダルを履いたまま、スマホも上着も財布も持たずに家を飛び出した。




一度狂い始めてしまった運命は歯止めが効かない。




この先を考える余裕は今の自分にはない。

ただ、現実から逃げるように母の元から走り去る事しか出来なかった。