現実が受け入れ難い愛里紗だが、小さな期待を寄せて聞き返した。
「冗談……でしょ」
目を泳がせながらも理性を保とうとしたが、感情がコントロール出来ない。
すると、理玖は黙ったまま首を横に振る。
『冗談じゃない』
まるでそう言うかのように目線を釘付けている。
「塾はまだ通い始めたばかりで、そんなに早く辞める訳がない」
「愛里紗…」
「またいつも通り笑わそうとしてるだけでしょ。……やだな、バカにしないでよ」
「聞いて」
「残念だけど理玖の考えなんてお見通し。冗談なら冗談って素直に言えばいいじゃん」
「愛里紗……っ」
理玖は一切耳を貸そうとしない愛里紗の左肘を軽く引き寄せる。
すると、愛里紗の瞳の中に理玖の顔が大きく映った。
「お願いだから聞いて」
いつになく真剣な表情は、冗談だと信じて止まない愛里紗の暴走をピタリと制止する。
聞き入れ体制が整うと、理玖は掴んでいる手をゆっくり離した。
「……どうして」
塾を辞める理由が知りたかった。
急に辞めると言われても心の準備が出来ない。
先ほどまで取り乱していた愛里紗が一旦落ち着きを見せると、理玖は目線を外して一度平常心を保たせるかのように鼻をすすった。
黙った時間は5秒とない。
二人の間には冷たい空気だけが吹き付けている。