「あっ! 私が産まれたことは知らないんですよね。えっと、ずっと前にサラという魔女と知り合いませんでしたか?」
『…………』
クロードは戸惑っているようで何も言わない。
「フローラ、この人は……」
レオが言いかけたそのとき、アルノルドがそれを止めた。
「待て。まずはこの者達を牢へ。バルド、近衛を連れてきてくれ」
「はっ」
魔女達は気を失っているとはいえ、部外者が複数いる中で話す内容ではないと判断したようだ。すぐに部屋の外に控えていた近衛兵数名が捕らえていた魔女や男達を連行していく。
「ここでは誰に聞かれるか分からない。私の執務室へ。クロード殿、転移出来ますか?」
『……分かった』
難しい顔をしたクロードは渋々といった様子で全員を転移させた。転移先にはモーガンが控えていて、アルノルドに言われ、防音結界魔法を展開する。
「さて。これで誰にも聞かれることはない。フローラ嬢、続きを」
「あ、はい……」
フローラは改めてクロードに向き直る。
「あの、私の母はサラという魔女でした。愛した人に媚薬を盛って私を身ごもり、私を産み育て、少し前に亡くなりました。母はいつも、私の父のことを夢見心地に語ってくれました。『艶やかな黒髪の長髪で、瞳の色は綺麗なルビー色』だと。そしてその名は……『クロード』だと」
フローラは、瞳に涙を溜めてクロードを見つめた。
「あなたは、私のお父様……なのではありませんか?」
『……俺、は……』
「あなたは、魔族なのですか?」
『……』
「私は……人間との子どもでは、ない……?」
少なくとも母は、クロードが人間だと信じきっていた。人間の父親は簡単に会えないけれど、ずっと愛しているのだと。母にとってのただ一人の人なのだと教え込まれてきた。
『……俺は……。魔女がどのようにして血を繋いできたか、知っていた。でもサラは、ずっと夢見ていた。いつか自分の前に理想の男性が現れて、恋に落ちて、愛し合って、子を成すのだと。……サラが人間に傷つけられるのは見たくなかった』
やっとポツリポツリとクロードが語り始めた。懺悔にも似た独白は続く。
『いつのまにか、サラを、愛していた。だから人間のフリをして近づいた。信じられないことに、彼女も俺を好いてくれて。でも人間に夢を抱きすぎて、危険な目に遭ってもいけない。だから、夜を共にした後は、この姿で会うことはなかった。人間は裏切る者で、薄情なのだと思ってもらうためだ。彼女の母親──フローラの婆さんには全部気づかれていたが。サラのことを愛していたから、……人間ではない姿でずっと最期までサラのそばに居続けた。気づいてくれることはなかったけれど、俺は、それでもよかった』
「え? それって……」
『フローラ。お前には幸せになってほしい』
フローラの脳裏には、死ぬ間際の母の姿が蘇る。
*
夏が終わって秋が深まったある日のことだ。母が「自分はもう逝く」と言い出した。クロ様は母のために木の実を探しに行っていなかった。祖母が亡くなってからずっと母と二人で暮らしてきたのに、母まで死んでしまったら。フローラは、一人になるのが怖かった。
「大丈夫よ。フローラ。あなたの瞳はあなたのお父様と同じ綺麗なルビーの色。お父様がいる。一人じゃないわ」
そして私にもいつか愛する人が出来るはずだと囁いて、一人旅立っていった。
*
(お母さん、気づいてた……そっか……ずっと)
「……クロ様だったのね」
『!!』
「クロ様が、お父さん?」
フローラのまっすぐな問いに、クロードは迷いをみせる。
「クロード殿。私はフローラの出自がどうあれ、この後改めて彼女に求婚します。了承してもらえるまで何度でも求婚して、結婚したらずっと、死が二人を別つまで大切にします。だから……真実を、教えてください」
レオの真摯な言葉にクロードは目を瞑る。そして、クロードの周りに黒いモヤが広がり、気づくとそこには黒猫の魔物がいた。
フローラはクロ様に走り寄り、抱き上げて抱きしめた。
「クロ様、ずっと、私たちのそばに居てくれたんですね」
『黙っていてすまない』
「お母さんも気づいていましたよ。私だけが知らなかったんだわ……」
涙ぐみながら抱きしめ合う二人を、レオ達は微笑ましく見つめていた。