媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!



「くそ! どこにもいない!」

 レオはまだ森を捜索していた。だが、荒らされた家の中にも、森のどこにもフローラはいない。レオが森を探し歩いていたところに、黒猫魔物のクロードが戻ってきた。

『おい! フローラはおらぬ。だが代わりに変な連中が──』

 クロードが言い終わる前にレオの背後の空間がゆらりと歪み、魔女が現れた。ローブを深く被っていて、クロードから顔はよく見えない。だが、ローブから長い赤茶色の髪と、真っ赤な口紅だけが見えた。

「!」
「動くな」

 魔女はレオの首元に短剣を当てレオの動きを封じた。動きを封じる魔法も展開していてレオは手足を動かせない。クロードが魔法を展開しようとしたが、「やめろ!」とレオが叫んで制止した。

『なぜ』
「人間を傷付ければ、せっかく結んだ不戦条約が破れてしまう! 人間が魔物をまた傷付ける!」
『お前に何かあれば、アイツが泣く』
「……そう、だろうか」

 妃になるのは嫌だと森に帰ったフローラ。自分に何かあっても、悲しむのだろうか。

 魔女は真っ赤の唇で弧を描く。

「黒猫さん、王子様と引き換えにあの魔女を連れてきてくださいな。私、そうしないと報酬が貰えないの」
『お前の言いなりになどならない。お前のような魔女がいるから、他の奴らに迷惑が及ぶのだ』
「そんなこと言っていいのかしら。ここで王子様に何かあったら、あの魔女さんが疑われるんじゃない?」
『っ!』

 ここはフローラの家の目の前だ。ここでレオが息絶えていれば、必ずフローラが疑われるだろう。その上、家の中にはフローラが先ほどまで居た痕跡が残っている。

「クロード殿。ダメだ! 私のことは放っておけ! っ!」
『!!』

 レオが叫ぶと、魔女は刃物の切っ先をわざと少し首に押し当てた。すると少しだけ血が滲む。
 その血を見た瞬間、クロードの目の色が変わった。

『……不戦条約など……!』

 クロードの背が逆立ち、禍々しい空気が辺りを包んだ。すると、さっきまで黒猫魔物のいた場所に、長い黒髪の男性が現れた。
 目の色はクロードと同じ赤色をしている。

「クロード殿……なの……か?」
『悪いな。俺はフローラが大切なのだ』
「!?」

 クロードが魔力を放つと、魔女が吹き飛んだ。少し離れたところで様子を伺っている男達も併せて攻撃波を放つ。

 気を失わせた者達を風魔法でまとめ、縛り付けると、レオとともにレオの私室に転移した。一瞬で、レオと人型のクロード、縛られた魔女と荒くれ者数名が私室に現れた。

「っ!」
『この者達は任せる。俺はフローラを……』

 探す、と言おうとしたが、目の前に驚いた顔をしたフローラがいた。フローラの横には、レオの側近のバルド、アルノルド王太子まで居る。

「殿下! ご無事で!」
「バルドから、魔物と共に転移して戻ってこないと聞いて、探しに行こうとしていた所だったんだよ」
「……すまない」

 レオは少し気まずい顔をしつつ、目線はフローラに送る。フローラは目が合うと、ふっと逸らしてしまった。

『金の瞳を持つ御子よ。私はクロード。レオナルドの命を狙う人間を捕らえるためとはいえ、不戦条約を破った。ここで詫びておく……すまない』

 アルノルドに向かってクロードがわずかに頭を下げた。

「いや。私の大切な弟を守り助けて下さったこと、ありがとうございます。今後も理由なく無闇に人間を襲わぬのであれば、人間側も魔物を狩りません」
『……礼を言う』
「クロード……?」

 フローラはその名前に聞き覚えがあった。そしてその人の容姿は、長年聞き飽きるほど聞いてきた内容とかなり一致している。

『夜に溶けるような黒い長い髪はとっても艶やかでね。そして瞳は、あなたにそっくりなとても綺麗なルビー色なのよ』

「……お父さん?」
『!!』

 クロードはギョッとする。その場にいた全員が驚いた。フローラは真っ直ぐに、長身の黒髪の男性、クロードを見つめていた。