「やはりここにいたか」
「!?」

 森の中の家で、スープを温めていたとき、いつの間にか現れた金の瞳。振り返るとレオの兄である、ガルディア王国王太子のアルノルド殿下と魔法使いの大男が家の中にいた。

「説明は後だ。時間がない。家の外へ」
「え!? ちょっ!? んー! んー!」

 口元を抑えられ、大男に持ち上げられた。そして足早に家の外へ出ると、そのままフローラとアルノルド、大男の三人は、木の陰に身を隠す。そして魔法使いの男が気配を消す魔法を展開した。

「静かに。来たぞ」
「?」

 さっきまでいた自分の家に向かって、湖の向こうから複数の人間がやってきていた。突然現れたので、転移魔法を使ったのかもしれない。荒くれ者のような風貌の男達と黒いローブを羽織った魔女のような女性がノックもせずにフローラの家に忍び込んだ。

「いないぞ!」
「さっきまでいた形跡があるわ!」
「探せ! 隠れてるかもしれん!」

ガシャン! ガターン!

 家の隅々まで探す為なのか、フローラをおびき寄せる為なのか、家具や思い出の品が次々と壊されている音がする。その残酷な音に、後少し遅かったら自分はあの一味に襲われていたのだと思い知って、フローラは一気に青ざめた。

「っ!」
「堪えてくれ。奴らは君の命を狙っている。間に合ってよかった」

 微笑みフローラの頭を撫でた金色の瞳は、確かにレオによく似ていた。

 その後、三人で王都の宮殿に戻り、アルノルド殿下の私室に転移したかと思うと、説明もなく「静かにしているように」と言われ、身を潜めていたのだった。



「……驚きました」
「説明する時間が無くてね。申し訳ない」

 騒動が一段落した直後、フローラはアルノルドの私室でお茶をいただいている。王太子妃であるオリヴィア殿下も一緒で、フローラはかなり緊張していた。

 オリヴィア殿下の紺色の艶やかな髪は緩やかにまとめられ、その白く陶器のような肌を際立たせている。美しい菫色の瞳に見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。フローラの人生でここまで美しく綺麗な人には出会ったことがない。フローラは妖精が化けたのではないかと少し疑った程だ。

「レオの呪いを解いてくださったと聞いたわ。魔法が使えるってやっぱり素敵ね」
「私は解呪は専門ではありませんので、本当に助かりました」

 大男の魔法使い、モーガンが言った。

「い、いいえ! モーガン様の転移魔法も見事でしたし、他にも色々すごい魔法を沢山ご存知で! 私なんか全然……たまたま解呪専門だっただけで……」
「まぁ! 解呪がご専門の魔女なのね!? それはますますレオとは運命を感じるわね!」
「そ、そうでしょうか……」

 フローラは混乱していた。家族以外の魔法使いと会うのは初めてのことで、色々話してみたい。だが、オリヴィア殿下の美しさに戸惑い、王太子殿下がニコニコとしていて、その笑顔が怖すぎるのだ。先程の貴族とのやりとりも見ていたので、余計に恐ろしい。

「で、どうして君は、森にいたのかな?」
「ちょっとアル、もう少し優しい顔してあげて? 笑顔が怖いわ」
「父上の方が怖いんだ。私で慣れておかないと」

(ヒェ、この後国王陛下にも会わないといけないの)

 森にいた理由を尋ねられただけなのに、「王宮から逃げた理由」を責められているのだと悟る。

「レオ……レオナルド殿下には、大変良くしていただきました。で、でも、私は、魔女です……。一緒にいても足枷にしかなりえません」

「あら、どうして?」

 オリヴィア殿下は本当に疑問に思っているようだ。

「だって……ま、魔女は……」

 魔女はいつも嫌われている。人間達は嫌な顔をする。かつて魔女狩りをした人間達は、卑しい種族だと蔑むのだ。

「大丈夫だ。この方々は違う」

 魔法使いの大男、モーガンが言った。ハッと彼を見上げると、優しい瞳で一度頷いた。

「レオが君を蔑むことはあった?」

 レオは……初めて出会ったあの森での日々でも、再会した後も、ずっと私を優しく見つめてくれていた。
 フローラはアルノルドの問いに、ゆるゆると首を振った。

「レオも、我々も、君の味方となろう。君はレオの命の恩人だ。君はもう、一人ではない」
「!」

 レオとそっくりの金の瞳が、フローラに優しく微笑んだ。その笑みは先程までの恐ろしさはなく、ただただ柔らかく優しいものだった。オリヴィア殿下も、アルノルド殿下の横でにっこりと微笑む。

(一人じゃ、ない)
 
 母や祖母が居なくなって、一人で暮らしてきたフローラにとって、それは胸を打つ言葉だった。