フローラは王都に舞い戻っていた。

 レオの私室よりも豪華な装飾品に溢れた部屋は、妙に居心地が悪い。その部屋の隅で、隣の執務室の声を静かに伺っている。横には背の高い屈強な身体つきの魔法使いが控えていて、滅多なことはできない。フローラにできることは、ただそこで息を潜めていることだけだった。

 魔法使いの男も、フローラ同様に隣の部屋の動向を気にしている。家族以外の魔法使いに会うのは初めてだったが、森の結界を抜け、複数人を転移させる事ができる実力者だ。力の差は歴然としているので、フローラは逃げようとも思えなかった。

「お忙しいところお時間をいただきありがとうございます! 王太子殿下!」

 隣が騒がしくなった。
 フローラがいる部屋は、レオの兄、アルノルド王太子殿下の私室。そしてその続き部屋となっているのは、彼の執務室である。そこへ誰かが尋ねてきたようだ。

 少しだけ開いた扉の隙間から様子を伺うと、王太子アルノルドの目の前には、趣味の悪い艶やかな紫色のネクタイを締めた初老の男性が立っていた。ニヤニヤした目つきが気持ち悪い。

「本日は殿下にとても良きご報告がございまして参上いたしました」
「ほう? どのような?」

 アルノルドも小気味悪い笑みを浮かべている。

「先日、レオナルド殿下が魔女に求婚したとか。魔女なんて卑しい血が我が国の王家と縁付くのはありえないことでございます! そこで私は色々とお調べいたしました。すると、その魔女は以前レオナルド殿下を襲い怪我をさせ、自分の住む森に誘導していたことが分かったのです!」
「……」

 アルノルドはそれを聞いて笑みを深くした。
 フローラは身に覚えのない濡れ衣に思わず飛び出しそうになるが、魔法使いの男の魔法で瞬時に、動けず声も発せない身体になってしまった。

「っ!」
「おとなしくしておけ」

 小声でそう指示され、フローラは仕方なく抵抗をやめる。

「その上、レオナルド殿下の呪いを解いてみせ、御心を操り求婚まで漕ぎ着けた悪女でございます。私の調査で、魔女はレオナルド殿下を操り、謀反の企てをしていることが判明したのです!」
「それは大変だ」

 アルノルドはわざとらしく驚いている。貴族の男は得意気だ。

「そこで、我が配下の者に、例の魔女を捕らえるよう命じました」
「ほう。魔女はレオの私室にいるのであったか」
「いいえ、なぜか森へ逃げ帰ったようで。森へ向かわせております」
「そうか」

 アルノルド自身がフローラを森から連れ去り、ここへ連れてきたというのに、それを知らないフリをしている。

 フローラを王宮へ連れ戻したのは、王太子アルノルド本人と魔法使いの男だった。彼らは、この部屋にフローラを隠して何をするつもりなのだろうか。

 貴族の男は意気揚々と演説でもするかのように続ける。

「魔女の悪行が表沙汰になれば、騙されたとはいえ第二王子も失墜することでしょう!」

 褒めてくれ! と言わんばかりの眼差し。アルノルドはニコリと笑う。

「森に向かうとなれば一週間かかるか?」
「いいえ! 私が抱えている魔女が転移魔法の使い手で、すぐにでも例の魔女を連れて来るでしょう!」
「ほう。魔女を……」
「魔法は卑しいものですが、上手く使えば便利でございます」

 ニヤリと笑う姿には嫌悪しか感じない。フローラは魔法使いの男を横目に見ると、彼もまた眉間に皺を寄せていた。

 一方で、アルノルドはニコニコと貴族の話を聞いている。

「便利、ねぇ」
「そうです! 直接手を下さずとも、証拠も残らず色々できますからね」
「もしや、弟に呪いをかけたのも?」

 アルノルドはにっこりと微笑んだまま尋ねた。

「ええ。古代魔術の術式なのだそうで。解呪されたのは残念ですが、かなりの実力者でございますので証拠はございません。安心ください」
「それはすごい。……なぜ、呪いを?」
「レオナルド殿下を亡き者に出来れば、アルノルド殿下の御世は安心安泰でございます!」

 そう貴族が意気揚々と述べた瞬間、王太子殿下から笑顔がサッと消えた。氷のような表情になったかと思うと、

「とらえよ!第二王子暗殺を試みた反逆者である!」
「!?」

 その合図で魔法使いの男を含む近衛兵が執務室に突入し、貴族の男は捕縛されたのだった。