翌朝、レオは公務の合間に花束を持って現れた。それをフローラに渡すと、「少し庭園に出てみないか?」と誘った。

 フローラは昨夜のことがあって気まずかったが、レオの私室にずっと閉じこもっていたし、吐き気が随分落ち着いてきたこともあって、外に出る提案は魅力的だった。フローラが頷くとレオはふわりと嬉しそうに笑った。

 レオが以前贈ってくれた爽やかな薄青のワンピースに袖を通す。メイドが手伝ってくれ、髪や化粧まで施してくれた。

 連れ出された庭園は、さすがは王宮の庭園とだけあって、雄大な敷地に色とりどりの花々が美しく咲き乱れ、荘厳な雰囲気だ。鬱蒼とした森に暮らしてきたフローラにとって、その美しさは格別なものに見えた。

「綺麗……!」
「笑った」

 フローラが笑ったことで、レオが嬉しそうに目を細めた。

「昨夜は悪かった」
「いいえ、私も怒鳴ったりしてすみませんでした」
「……私の、家族の話をしよう」
「え?」

 昨夜、『身分も家族も捨てる』と言ったことに対しての弁明だろうか。フローラは黙って聴くことにした。

「……私は兄上には勝てない。父も母も世継ぎである兄上ばかりに構っていた。……愛されていなかったわけではない」
「はい」

 レオの顔は穏やかだ。王族とはいえ家族。色々な葛藤も衝突もあったに違いない。

「私は特に不満なく成長していった。しかしある時、有力貴族の男に言われたのだ。『レオナルド殿下を玉座に』と。そのために兄上を亡き者にする計画があるのだと」
「!?」
「何を言っているのか分からなかった。兄上が国を継ぐことは決定事項だ。それを覆そうと思っている者がいるなんて。私はすぐにその貴族の名を父上に報告した。その貴族は一家諸共処刑され、私は父上にも母上にも褒められた」

 思ったよりも随分重い話に、フローラは何も口を挟めない。

「そこからはわざと手を抜いた。兄上を超える力なんて全然無いと思ってもらえるように。『第二王子は怠け者』でいいと。欲しいものも欲しがらないように、欲のない能天気な第二王子で居続けたのだ。そこに内乱が起きた」

 レオはゆっくりと歩きながら、空を見上げ時々フローラの方を見て話し続けた。少し悲しい笑みを添えて語られる昔話は、フローラが考えていたよりも重く苦しいものだった。

「内乱が起きて……私も鎮静化を図るためかなり動いた。だから私が手を抜いていたのだと気づいた者も多くいるだろう。命を狙われたのも、そのせいだと思う。もしかしたら、兄上自身が──」
「そ、そんなこと!」

 フローラは思わず否定した。レオの呪いを解呪する前、フローラに頭を下げた王太子殿下がそんなことをするはずがない。

「誰を信じたら良いか分からない中で、フローラの存在は心を洗われた。素直で思っていることが顔に出て、笑うと美しい魔女のフローラ。私が愛しているのは、フローラただ一人だ」

 そして庭園の東屋に着いたとき、レオが急に跪いた。

「フローラ、どうか私の妻になってほしい」
「!?」

 金色の瞳が太陽の光を浴びて、より輝いている。真剣な眼差しにフローラは息を呑む。

「あの森で出会ってから、ずっと君を想っていた。もう一度会えて、君に救ってもらったのだと知った時、もう二度と離したくないと思ったのだ。だからどうか、私の妃となってほしい」
 
 魔女として産まれ育てられ、血を繋ぐ方法を教えられた時から、自分にはこんな瞬間は来ないのだと思っていた。
 フローラの心は歓喜に揺れ、瞳には涙が溜まっていた。

「……私は魔女です」
「そのお陰で私は呪いから解き放たれた」
「解呪の恩を返すためなら結構です。もう十分沢山いただきました」
「違う」
「では森で看病した恩?」
「違う! ──そう言われると、君には助けられてばかりだな」

 そう言ってレオが恥ずかしそうに俯いた。その照れた顔がとても可愛らしくて、思わずフローラも笑う。
 フローラはお腹に手を添えて「私も、もらいましたから」と呟いた。

「お腹の子は女の子かもしれません」
「性別など関係ない。それに、子のことは関係なく、フローラを手放したくないのだ」

 解呪した報酬をたんまりと貰って、森へ帰ろうと思っていたのに、その決意がグラグラと揺らいでいる。
 まるで、フローラを愛しているかのようにも聞こえる言葉。レオの甘い瞳。本当は、大好きな金色の瞳。

(森に帰っても、私はきっと、貴方が恋しくなる)

「フローラ。愛している。結婚しよう」

 どんなに拒否をしても、きっと惹かれてしまうのだ。だって、媚薬を盛ってでも結ばれたいと願うほど、惹かれた相手なのだから。

 そう気づいたフローラは、差し出されたその手に、そっと自分の手を重ねた──。


 その瞬間、大歓声が上がった。

「!?」

 見ると、東屋は王宮の渡り廊下から丸見えで、そこからたくさんの使用人が二人を目撃していた。レオがフローラに跪いていたことも、その手をフローラがとったことも、全部見えたに違いない。

(一体いつから……!?)

 フローラは他の人に見られていただなんて気づいていなかった。
 レオはフローラの手を握ったまま、優雅にフローラの横に立ち、フローラの腰を抱く。そして、沢山の祝いの言葉に「ありがとう」と余裕で答えながら手を振っている。見られていたことに全く動じておらず、まるで知っていたかのような素ぶりにフローラは驚いた。
 つまり、プロポーズを公認のものとするために仕組まれた展開だったのだろうか。

 フローラは我に返り、とんでもないことになったと内心焦っていた。