「フローラ、調子はどうだ?」
レオは公務の合間に少しでも時間があると私室にこうして戻ってくる。レオの背後にいるバルドが「勘弁してくれ」という疲れた顔で見ているので、フローラとしてはかなり気まずい逢瀬である。
「何度も言っているけど……倒れてからもう一週間経ったし、私は大丈夫です。レオ様の呪いも解いたし、森に帰らせていただきたいのですが」
「……そんなことは言わないでくれ。フローラ」
金色の瞳が真っ直ぐフローラに向けられると、フローラは逆らえない。本当は、心の奥底でレオの側にいたいと願っているのだ。だけど。
「レオ様、私は魔女です。あなたの妃にはなれない。愛妾になる気もありません」
この国で過去に迫害を受けたほど差別されている魔女が、王子妃になんてなれるはずがない。しかし、愛妾としてこの王宮に留まったとして、レオの隣に王子妃となる人が現れた時、フローラはそれを直視できないと考えた。そんな切り裂かれるような痛みを感じるくらいなら、森で一人で暮らしたい。
「魔女だというのが何だ。愛妾などいらない。私はフローラだけを望んでいる」
「でも!」
「大丈夫。手は打っている。安心して私のそばにいておくれ」
どこか自信満々にレオがフローラの手を握った。そして頭を撫で、キスを一つ落とすと、バルドに急かされてまた公務へと戻っていった。
(大丈夫って……どういうこと?)
レオの言葉を思い出しながら、今後どうしたら良いか考えていたところに、突然窓から友人がやってきた。
『ほい。今日はベリーの実にしたぞ』
「クロ様!」
黒猫の形をした魔物は、今日も口に木の身を携えている。
ここ数日のレオの豹変ぶりに戸惑ってばかりだったので、クロ様の顔を見て心底安心した。
『どうした?』
「解呪に失敗した私を、クロ様が助けてくださったのですよね? ありがとうございます」
呪いが跳ね返ったあと、目覚めた時にクロ様の魔力を感じた。
きっと、クロ様が魔力を補充し跳ね返った呪いも解いてくれたのだとフローラは推察していたのだ。
『別に。人間のせいで仲間が死ぬのは見たくないだけだ』
「クロ様優しい! ありがとうございます!」
ぎゅーっと黒猫を抱きしめる。クロ様は特に抵抗せず、フローラがヨシヨシと背中を撫でるのにも何も言わない。
『まぁ、魔女を差別するような人間なら殺していたがな』
「え?」
『いや、なんでもない。それよりフローラ、お前は結婚するのか?』
「なっ、なんでそれを?!」
クロ様にまで知られていたことに衝撃を受けた。フローラは自分が王子妃になれるだなんて微塵も思っていないが、レオは本気でフローラを娶ろうとしているらしい。
お腹の子の責任を取るつもりなのだろうか。
『城下の方でも観劇にまでなってるけど? 第二王子と魔女の恋物語』
「えぇ!?」
クロ様は笑いながら、おどけた様子で、そのストーリーを語り始めた。
『森で偶然出会った二人は身分の差に気付かぬまま恋に落ち、その後運命の悪戯で引き裂かれる。だが、呪われた王子が、かつて愛した恋人だと知った魔女は、命懸けで王宮へと辿り着き、見事呪いを解く。そして目覚めた王子と魔女は結ばれたのだった♪』
「な、な、な、何それ!」
自分達のようで自分達ではない、大衆向けのストーリー。
恋に落ちたのは自分だけだし、命懸けで王宮には行っていない。そして、レオとフローラが結ばれることはないのだ。
『王子は本気だぞ』
「わたしが妊娠していなければ、そんなこと思わなかったはずだわ」
切なげにそう呟くフローラを見て、クロ様は呆れ顔で去っていった。
(この子は守らなければ)
フローラはそっとお腹に手を当てた。



