ガルディア王国王太子アルノルドの朝は早い。早朝から剣術の稽古をこなし、汗を流した後は、ひたすら夜遅くまで公務をこなす。次期国王として、公務のほとんどを担っていることもあるが、まだ内乱後の後処理も山ほどあって多忙を極めているのだ。だが、そんな苦労は微塵も感じさせない涼しい顔で書類を片付けていく。

 先日、弟のレオナルドが呪いを受けた。ガルディア王国南部を発端とする内乱は、表向きの首謀者も協力者も全て捕え、上手く鎮静化したはずだった。しかしこのタイミングで第二王子が狙われた。これは何を意味するのか。その調査も難航していた。

 幸いなことに、呪いは森の中に住む魔女が解呪してくれた。ピンク色の珍しい髪色をした美しい少女だ。魔女による解呪についての報告書にじっくりと目を通す。

「魔女殿は妊娠していたのか」
「はい。宮廷医の話だと妊娠初期のようです。解呪もそのせいで命懸けだったとか」

 側近が淡々と報告をくれる。

「腹の子は、レオナルドの子か?」
「魔女本人からはまだ聴取出来ていないそうですが、レオナルド殿下はお心当たりがあるそうで……」
「ははっ。媚薬でも盛られたか」

 レオナルドは視察の際にも命を狙われている。その時に逃げ込んだのが、魔女のいる森だったのだ。そこで傷が癒えるまで数日過ごしたと聞いていたが、その時だろうか。

「恐れながら……。レオナルド殿下が襲われた先の森に住んでいて、傷の手当てをして殿下の子を身籠り、その後殿下の呪いを解いてみせる……なかなか出来すぎた偶然かと」
「……」

 アルノルドはピンク色の髪の魔女を思い出した。そしてゆっくりと微笑んだ。



「聞いた? レオナルド殿下が寵愛する魔女様のこと」
「フローラ様でしょう? 命懸けで殿下の呪いを解いたとか!」
「魔物と人間の和平条約にも一役買ってるらしいわ!」
「何より殿下が溺愛していらっしゃるのよね」

 レオが魔女に渡す花束を手配すべく自ら庭園に通っているだとか、魔女のためのドレスや装飾品をたっぷり買い占めているだとか、二人のための離宮が急ピッチで建設中だとか。
 侍女達の噂話は延々と続き、「殿下が溺愛している」エピソードが付け加えられるたびに歓声が上がる。

(どうしてこんなことに……)

 フローラは廊下の端に身を隠しながら、自分とレオの噂話を偶然聞いてしまい、いたたまれない気持ちになっていた。

 レオの呪いを解いたあの日、そのままレオの寝所で休むよう言われた。すぐに身体を動かせず、言われた通りに休ませてもらった。

 あれから一週間。フローラは歩行も出来るし、妊娠初期の気分の悪さも少しずつ回復してきている。しかし、客室に戻して欲しい、出来れば森に帰りたいとレオに頼んだが、レオは首を縦に振ってくれなかった。
  
「フローラが心配で公務も捗らないのだ。頼むからこの部屋でしばらくゆっくりしてくれないか」

 大好きな金色の瞳をウルウルさせてそうお願いされては、「では後少しだけ……」とずるずる延ばされ、結局ずっとレオのベッドでゴロゴロと過ごす日々。
 体力不足にもなるし、散歩でもしようと廊下へ出たところ、侍女たちの噂話に出くわしてしまい、気まずくなって戻ってきた。

 数日間、王子の寝所で寝泊まりしているのだ。噂話になるのは仕方がないのかもしれない。

(これから、どうしたら良いのかしら)

 フローラは森に帰りたかった。報奨金をたっぷりと貰って、静かにお腹の子と暮らすつもりだった。だが、レオの部屋には日に日に赤ちゃんの服やベッド、おもちゃまで揃えられていくし、フローラの為の服や靴や装飾品がたんまりと贈られてくるのだ。

 一番に困るのはレオ自身だ。毎日嬉しそうにフローラを抱きしめキスをしてくる。愛おしそうに腹を撫で、毎夜、同じベッドで優しく抱きしめられて眠るのだ。そんなことをされて絆されない女性はいるのだろうか!?

(森に、帰りたい……)

 森に帰ってまた一人になれば、この苦しい胸の疼きも治るだろう。魔女が王子妃になるだなんて前代未聞に違いない。レオがまた変な恨みを買って、呪われたり毒を盛られたりしないように、自分は身を引くべきだ。フローラは必死に自分に言い聞かせていた。