「あなたがフローラ様でしょうか?」

 湖の向こう側からこちらへやってきた集団は、全部で五名。その代表者なのか、人当たりの良さそうな長髪の男性が話しかけてきた。

 ブラウンの長髪に深い藍色の瞳。優しい微笑みを浮かべているが、どこか一筋縄ではいかない雰囲気を携えている。

「……何故、私の名を?」
「我が主より貴女のことを聞いて、お探ししておりました。先日、ここで助けていただいたと」
「!?」

 レオ以外に助けた人間は居ない。つまり、レオはやはり、こうして使いを出せる程の貴族だったのだ。まずい。お腹の子の存在に気付かれれば、跡取りとして取り上げられるかもしれない。

(もしくは、始末される──)

 フローラは思わず腹に手を当て身構えた。

 すると、長髪の男性は柔和な笑みを浮かべ、「まず第一に貴女に危害を加えるつもりはありません」と両手を上げた。そして目配せをし、護衛と思われる他の数名を下がらせる。

「私はバルドと申します。我が主から、フローラ様には大変お世話になったと聞いています。ありがとうございました」
「いえ、私は何も」
「腕や足を負傷し、毒も盛られていたようだと言っておりました。どちらもあっという間に完治したと聞いております」
「そんなことは……」

 レオは随分詳しく話したようだ。ということは、この人はレオの近しい人なのかもしれない。

「レオ……様は、お元気、ですか?」

 思いがけない友好的な態度にも警戒心を緩めず、レオの様子を聞く。すると、バルドは途端に表情を曇らせた。
 
 その顔をみた途端、悪い想像が頭を巡る。よく考えれば思いつくことだ。レオは怪我を負っていた。それは命を狙われていたということだ。しかも貴族であるにもかかわらず、こんな森深くに逃げ込まなければ危険なほど。

「ま、まさか」
「いえ! 我が主は生きておられます! しかし……」

 生きている。その言葉を聞いて一気に安堵した。だが、まだバルドの顔は曇ったままだ。バルドは一歩フローラに近寄る。そして、彼の護衛にも聞こえないであろうくらいの音量で小さく告げた。

「実は……呪いをかけられてしまいまして」
「呪い!?」

 レオが、呪いにかけられた──。

 フローラは、魔女だからこそ、呪術の恐ろしさは熟知している。命さえ奪うことも可能なその呪いで、レオが儚くなってしまったら。
 心臓が嫌な音を立てて鳴り始める。

「貴女は古の魔女の血を引くお方だと聞いています。どうか、我が主を救っていただけませんか?!」