殺すように、愛して。

 駆使していた右手首の力を抜き、椅子の背もたれに体を預けて息を吐く。目の前のことに一直線で、クラスメートのことなんて見えなくなっていた俺は、鳴海、と視線と共に呼ばれた名前にビクッと肩も心臓も跳ねさせてしまった。ぼんやりと別のことを考えていた時に呼ばれると、無駄に驚いてしまう。

 ルーズリーフやノートが乱雑に置かれた机をそのままに顔を上げれば、発情したオメガのフェロモンに充てられ理性をなくし、トイレで俺を襲おうとした彼らの姿があった。一瞬警戒してしまったが、不安げに、申し訳なさそうに、気まずそうに、眉尻を下げている彼らを見たら、決して悪いことを企んでいるわけではないと分かり、そっと体の力を抜く。それを見計らったように、右隣の席の彼がゆるゆると口を開いた。

「ごめん、鳴海。ちょっと、話したいことがあって。ここじゃまだ人いるから、移動してもいい?」

 何について話したいのか。それは言われなくてもすぐに察しがついた。なかったことにできればいいが、それだと彼らとの間にできた妙な亀裂は一生なくならない。同じクラスなため、卒業まで嫌でも顔を合わせてしまう関係なのだ。逃げ続けるべきではないし、彼ら自身も当時の記憶を掘ることは避けたいだろうに、こうして俺に話しかけてくれている。向き合おうとしてくれているのが伝わって、勇気を出してくれた彼らに、俺一人、背を向けるわけにはいかなかった。それでも。

「いい、けど、ごめん、もう少し後でもいい? 先約、というか、呼び出し、というか、そういうのがあって……。ちょうど俺もその人に用があるから、先にそっちを済ませてからでも大丈夫、かな……?」