殺すように、愛して。

 大丈夫。大丈夫。苦痛を強いられたり恥辱を煽られたりしたが、あれは俺が発情期を迎えかけていたからで、黛の予想通りに発情期を迎えてしまったからで。発情期のせいで、ちょっと狂ってしまっただけ。それだけ。黛も、表情にはほとんど出ていなかったが、アルファだからオメガのフェロモンに充てられていただけに違いない。逆に、それ以外に何があるというのだろう。

 気づきたくない何かから目を背けるように深呼吸をして、今一度辺りを見回した。誰もいないことを再度確認し、カバンを抱え直して階段を目指す。三年教室は二階にあった。

 校内は静かで、落ち着いている。これなら誰にも見られることなく、どこかに隠れて抑制剤を飲めそうだ。

 俺は無難に男子トイレへと向かった。黛に迫られ、クラスメートに襲われた場所だが、俺が気にしなければなかったことにできるだろう。黛はどうだか知らないが、あの三人にとっても矜持を傷つけられる記憶が残ってしまっているんじゃないか。

 思い出すと恥ずかしくて、思い出すと恐ろしくて。いつまでも忘れられない記憶になってしまっているが、話題に出さなければ擦られる心配はないはず。今まであまり人と関わろうとしなかった分、ついうっかり口を滑らせてしまうような親しい相手は俺にはいないから、その懸念をすること自体気苦労かもしれない。