殺すように、愛して。

 はぁ、と息を吐き、緊張して固くなっている体を意識的に休ませた俺は、自分の上履きのある場所まで無警戒なまま進んだ。学校にいる間は、常に気を張っていた方が自分のためになるかもしれないが、それで心が疲弊してしまっては意味がない。やっぱり隙を見てでも適度に休憩を挟むことは必要だと感じた。今は生徒や教師の目から免れていても、結局は大勢の人に遭遇してしまうのだから。その時のために体力を温存しておく方が賢明だ。用心しつつも、普通に。何事もなかったように、普通に。普通に、いつも通りに。大人しく。もしかしたらいるかもしれない、どこかで俺の第二の性を小耳に挟んだ人に、オメガだ、と指をさされようが気にせずに。普通に。

 一年生の新品のそれと違って、白い部分が少しくすんで見える三年生の上履きを前に、中腰になって自分のものを手に取った俺は、踵を踏み潰さないよう履き替えて。外履きの靴を収めた。そして、ふと、俺よりも一つ下の段にある靴箱が目に入る。そこにシューズはなく、代わりに靴がしまわれていた。出席番号が黛だ。どうやらもう登校してきているらしい。早い。生徒会の仕事でもあったのだろうか。でも、ちょうどよかった。黛には、一週間も借りてしまっていたスポーツタオルを返さなければならない。抑制剤を飲んだら黛を探して、お礼と一緒に返そう。使った使わなかった、黛のことを求めた求めなかったなどを打ち明ける必要はないし、黛もそこは追及しないと思うから、とにかく感謝を伝えてタオルを返し、それで終わりにすればいい。