自分の嗜好や性癖なんて知らなくてもよかったのに。知ってしまってからは、自覚し始めてからは、一般的な方法で満たせていた人間の三大欲求の一つでもある性欲を、そんな方法では十分に満たせなくなっていた。通常時でも変になるのだから、今後、発情期を迎える度に、意図せず頭がおかしくなってしまうのかもしれないと考えたら、恐ろしくて、でも、酷く興奮して、一層の事、とことん快楽に堕ちてしまいたいとさえ思った。既におかしくなっていた。黛のせいだった。

『瀬那、やっと、全部、元通りになったよ』

 黛の声が、脳に響く。元通り。全部、元通り。元通りになった。雪野が死んで、俺の番はいなくなり、元通り。噛んだ事実は残っても、噛んだ人はいなくなった。黛はそれを、元通りと言った。罪悪感のない声色だった。俺の項を噛んだから殺しただけ。俺が項を噛ませたから殺しただけ。雪野自身のせいで。俺自身のせいで。責任を感じていない黛は、そう思っているんじゃないか。予定が狂ったから、邪魔が入ったから、糸を無闇に絡ませたから、その元凶となった人を消して、綺麗に元通りにしただけ。だから、悪いのは、自分ではない他人。俺と、雪野。俺が、悪い。黛はそう言っている。遠回しに、でもストレートに、そう言っている。ああ、どうして、とんでもなく、狂っているのに、どうして。とんでもなく、会いたい。その狂気すら、欲しくてたまらない。黛。黛。黛の声は、言葉は、やっぱり、有毒だ。耳から全身に広がるそれは、まるで薬物のように俺を破壊し、思考力や判断力、危機察知能力を低下させていく。