日付が変わった深夜に番の解消がされた、その日の昼頃のこと。今度は俺からかけるからという言葉通りに、雪野の番号ではあったが、黛から電話がかかってきた。一瞬、雪野は死んでなかったのだろうか、深夜のあれは全部リアリティーのありすぎる夢だったのだろうか、と思ったが、一階で、先に起きていた由良がどことなくよそよそしく気まずそうな態度で俺を一瞥したため、本当にあったことなのだと思い知る。忘れてと言われてしまった以上、いつも通り普通に接するべきだったのだろうが、簡単にはできず、挨拶をする声はお互いにぎこちなかった。そしてお互いに、話題にはしなかった。自分の放った言葉を忘れてと言った由良と、自分の衝動的な言動を忘れたいと思っている俺。あの深夜のことを、自ら突くようなことはしたくない。時間が解決してくれることを願うしかなかった。

 由良のいるリビングでスマホが鳴って、会話を聞かれたくないがためにすぐに二階へ、逃げるように二階の自室へ向かって電話に出れば、瀬那、と黛の声が鼓膜を揺らした。由良にも、瀬那、と呼ばれたが、いや、あれは呼ばせてしまったのだろうか、その時の瀬那よりも、今の、黛からの瀬那の方が、どうしようもなく、夢中になってしまう。黛。黛。俺。ずっと。待ってた。早く、会いたい。黛に、会いたい。人を殺したとか、もう、どうでもいいから、黛に会いたい。たくさん、触ってほしい。乱暴に、触ってほしい。

「黛……」

 名前を呼んで、閉めた扉を背にズルズルと床に座り込む。そして、いつもの癖で膝を抱えて。耳に当てたスマホから聞こえる声に全神経を注いだ。黛。黛。まだ二文字、瀬那、と名前を呼ばれただけ。名前を呼び合って存在を確認しただけ。それだけなのに、それだけだから、気持ちが急く。黛。黛。黛。過激な欲求を満たしてくれるのは、後にも先にも、黛だけだ。黛が、俺をそうさせたのだ。貪欲にさせたのだ。