「待って……、まって……、なんで、いきなり……。落ち着いて、兄さん……」

「瀬那だよ。俺は、今、オメガの瀬那」

「なに、何、言って……」

「今夜だけ、兄弟、やめたいね。由良」

 混乱しながらも、暴走する俺を落ち着かせようとする由良の声を完全に無視して自分から攻め、取り憑かれたように唇を触れ合わせようとしたその時、チッ、と舌を打つような治安の悪い音がして。刹那、視界がぐらついた。あっという間もなく、どん、と背中が床にぶつかり、俺を見下ろす由良と目が合う。我慢して、我慢して、我慢したものが溢れ出すような、そんな、獣のようなギラついた獰猛な目、は、していなかった。

 由良、と吐いた自分の声は、思っていたよりも力がなく、ゆっくりと熱が冷めていくような感覚に、発作的な衝動を抑え込まれる。由良の表情は、本能を剥き出しにしたアルファ、とは言い難く、もどかしくて打ってしまったのであろう舌を噛んで何かを訴えるような、苦しそうな、悲しそうな、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情をしていた。由良は、由良のまま、俺に、告げた。

「兄弟、やめたら、兄さんは……、瀬那は……、俺のものになるの? 俺だけのオメガになるの? ならないよね。瀬那は俺を見てないから。だから、我慢して、兄弟だから、我慢して、兄を慕う弟でいようと思った。嫉妬も、独占欲も、抑えて。でも、自分のものにしたくて、依存して、離れられなくて、だから、だから、瀬那が死んだら、俺も死ぬって言ったんだ。瀬那のいない人生なんて、考えられない。本当は、黛先輩にだって、渡したくない」