殺すように、愛して。

 鉄の塊か何かで強く殴られているかのような衝撃と、経験したことのないような、不整脈にでもなってしまうんじゃないかと思うほどの動悸に、胃がムカムカして。込み上げてくるものがあった。咄嗟に口を押さえ、通話を切ることも忘れてスマホを落とすように床に捨てる。嘔吐きそうになりながら、二足歩行もできずに四つに這ってトイレへと急いだ。距離としてはそう遠くないはずなのに、暗いせいだろうか、床を這うように動き回っているからだろうか、やけに遠く感じた。

 吐く。吐く。早く。気持ち悪い。出そう。電話には、気づいていないだけなのかもしれないが、意図的に無視されているのかもしれないが、誰も出ないのに。それなのに、出なくてもいいものが、逆流してくる。何かあれば吐いて、すぐ吐きそうになって、嫌な癖だった。気持ち悪い。自分の体に何が起きているのか、なんとなく、予想はできているが、それをゆっくり吟味する余裕もなかった。我慢できない。耐えられない。吐かずにはいられない。吐いて、すっきりしたい。

 決死の思いで辿り着いたトイレ。これといった光のない中、人に反応して自動で開く蓋を暗がりに慣れ始めていた目で見ながら、便座の縁に手を置いて嘔吐した。ギリギリだった。ギリギリ間に合った。床を汚さずに済んだことは不幸中の幸いで。暗くて自分の出したものがよく見えないのも唯一の幸いだったが、吐瀉物の饐えたような臭いだけは防ぐことができず、その異臭に専ら気分を害し、堪らず咳き込みながら吐き続けた。喉が熱い。胸が熱い。心臓が暴れている。

 落ち着くまで激しく嘔吐いていれば、その汚い音声や水音で目が覚めてしまったのか、どこからか部屋の扉が開くような音がした。その後、少しして、足音や気配が近づき、兄さん、と小さな声がする。由良だった。俺は由良を起こしてしまったようだった。目覚めた彼は不審に思って様子を見にきたのかもしれない。そうに違いない。由良は、無視をしないから。