俺が鳴らしているスマホは雪野のものだが、雪野ではなく黛を呼び出すつもりでいた。雪野は出ない。それが分かっているから、最初から黛を期待している。俺が今手にしている、黛に繋がる唯一のものは、雪野の番号しかないのだ。それだけが頼りだった。

 何のためにかけているのかも、何の確認をするためにかけているのかも、本当はまだ何も定まっていない。定まっていないが、ただ、かけないといけないと思ったから、時間帯を完全に無視して着信を知らせてしまっている。鼓膜を揺らす平坦な音は冷たく落ち着いているのに、なぜかその音を聞く度に動悸が一層激しくなっていくようだった。夜中に電話をかけているという罪悪感がそうさせているのかもしれない。

 いつまで経っても途切れない電子音と、ますます大きく激しくなる心音が、頭を痛くさせる。胸を気持ち悪くさせる。出て、出て、出て。黛。黛。雪野の容態を教えて。雪野がどうなったのか教えて。雪野が死んだのかどうか教えて。俺にはもう番はいないのかどうか教えて。消えたのかどうか教えて。フリーなのかどうか教えて。黛。黛。フリーになったなら噛んで。番にして。次に発情期が来た時のために、噛んで、噛んで、噛んで。噛んどいて。たくさん。雪野が確実に死んだなら、早く捨てて、早く噛んで、俺を。もういい。噛んでいいから。噛んで。黛。

 他人の死を望む最低な思考回路。秘めた欲求が浮き彫りになるような、本能すら剥き出しの願望。自分の言葉に叩かれているみたいに頭が痛い。頭の奥の方が痛い。気持ち悪い。罪悪と恐怖、期待と高揚。真逆の心理がぶつかり合い、脳味噌を揺らしているかのよう。頭が痛い。気持ち悪い。黛は出ない。聞き慣れすぎた同じ音程の連続に、ゲシュタルトが崩壊し、いよいよ気が狂いそうになる。黛は出ない。気持ち悪さを感じるほどの心臓の膨脹と収縮の連発に、強烈な吐き気を催す。黛は出ない。気持ち悪い。気持ち悪い。黛は出ない。