どうせ死ぬのなら、苦しむことなく静かに消えたい。最早癖で済ませてしまっている、諦めたようなマイナス思考に促され、簡単に生を手放し、目を閉じて。意識して体の力を抜く。動悸はまだ治まらない。気を失うように死ぬこともない。力を抜いたはずの体が、また、すぐ、自然と、力み、呼吸が荒くなる。落ち着け、落ち着け、と言い聞かせても意味はなく、焦りばかりが募っていく。死を覚悟したのに大人しく死ぬこともなくて、痙攣しているかのような心音を宥めようとしても無意味で。瞬きが増え、黒目が震え、呼吸も震え、一人の夜に怯える。原因が分からない。なぜ、なぜ、なぜだろうとぐるぐると思考を掻き回しているうちに、自分を抱くように胸を押さえていた手が、無意識のうちに項に触れていた。そこで、あ、と吐息が漏れる。まさか。まさか。

 じっとりとした汗をかきながら、這うように布団から出て、四つん這いで机を目指す。電気をつけることもしなかった。そんな余裕すらなかった。暗くてよく見えなくても長年過ごした自分の部屋のため、何がどこにあるのか、頭の中で既に設計図ができあがっている。それを頼りに野生動物のように這い、椅子の脚の感触を手で確認し、膝立ちになって机の上にあるものを探る。その間もずっと、動悸がしていた。恐怖からなのか、緊張からなのか、予感からなのか、あるいはその全てなのか、もう分からなかった。

 彷徨っていた手が、探していた硬いものに触れる。瞬間、引ったくるようにしてそれを手に取り、腰を落として電源をつけた。スマホの光が辺りを淡く照らす。画面を見つめ、必死になって、躍起になって、迷うことなく雪野の番号に電話をかけた。深夜だろうが関係なかった。迷惑だとか非常識だとか、そんなことは考えられなかった。