「……殺すと言った黛先輩がもう既に動いてるなら、そのうち解消できる」

「え……?」

「黛先輩は人を殺めることに躊躇なんてないだろうし、それで兄さんが死にたくなるほどの苦しみから解き放たれるなら俺は嬉しい」

「由良……?」

「黛先輩が、誰だっけ、ゆ、ゆ……、ゆきの? ゆきの、ゆきのを殺してくれたら、アルファの死によって必然的に番は解消できるんだよ。兄さんが死のうとする原因が消えるなら、俺はそれでいい。それで……、いい……あ……、俺、今、何言って……、ごめん、ごめん、ダメだ、こんなの……。どうしよう、疲れてるのかな……。ごめん、ちょっと、頭冷やしてくる……」

 由良、と意味もなく僅かに手を伸ばして名前を呼ぶが、ごめん、ごめん、と繰り返し、座っていたパイプ椅子を軋ませながら腰を上げた彼は、呼び止める俺に背を向け逃げるように病室を後にした。静かに扉が閉まる前に姿を消した由良。しんと音がなくなり、宙に浮いていた自分の手を、由良を掴めなかった手を、俺はそっと下ろして。白い布団を緩く握りしめた。

 由良が他人の死を望むなんて、殺してくれたらと思うなんて、予想外で困惑する。途中で我に帰ったものの、あれは由良の本心なのではないか。兄さんが、兄さんが。由良は自分のことは二の次で。俺のことばかりで。こんな俺に対して抱いてくれる懸念や不安が、そう言った思考に至らしめているような気がしてならなかった。俺が兄として不甲斐ないせいで、俺を案じてくれる由良を血迷わせてしまったのではないかと思わずにはいられない。