沈んで、沈んで、深淵に飲み込まれて、永遠の旅に出て行きかけていた意識が、何かに引き寄せられるように浮上した。閉じた瞼の裏に光を感じ、何も見えないはずなのに何かを見ているような不思議な感覚に陥りながら、俺は睫毛を僅かに揺らして瞳を開いた。ぼんやりとした視界、その中で、徐々にはっきりとし始める輪郭。見慣れない白い天井に、ここがどこだかすぐには分からなかった。

 身を捩って状況を把握しようと試みれば、首に、もっと言えば首の後ろに妙な違和感を覚え、そして、大切なことを思い出すように、あ、と意図せず声が漏れた。俺以外の誰の耳にも届かないような掠れた声だった。

 まさか、そんな、俺は、死ねていないのだろうか。生きているのだろうか。生きてしまっているのだろうか。嘘だ。そんな。息が、できてしまう。心臓が、動いているのを感じてしまう。死ねていない。死ねなかった。俺は上手く、死ねなかった。中途半端に生きてしまった。

 生きている事実を突きつけられ嘆いていれば、不意に首に手を置かれハッとなった。誰かいたのかと思うよりも先に視界に影がさし、唇に柔らかな何かが触れる。それが人の唇だと理解したのは、離れた際に人間の造形をした顔を見たからだった。整った面立ち。その綺麗な顔面にある二つの瞳とばっちり目が合い、視線の先の彼は俺をじっと見下ろす。首に添えた手に、じわり、じわり、力を込め続けながら。