どうやって帰ってきたのか、その後何があったのか、記憶が曖昧だった。曖昧なまま、俺は自宅のトイレで、頭が痛くなるほど、喉が痛くなるほど、胸が痛くなるほど、腹が痛くなるほど、嘔吐いていた。もう、何も出ないのに、出ていないのに、いつまでも残る異物感に吐き気が治まってくれない。精神的なショックがそうさせているのだろうか。強制的であっても番を得たのに、強制的だからこそ簡単には受け入れられずに喉を灼いてしまう。溢れてくるのは涙や唾液だけで、回って染み渡った、オメガを脅かすアルファの毒は顔を出さなかった。吐きたくても、吐けない。口腔に指を入れて突いても、押しても、そこから出るものは何もない。ただ、苦痛なだけだった。

 運命の番を探していたというあの人が、自分の名前を名乗ってくれたのかどうかすらも覚えていない中、あの人に項を噛まれる映像が、感覚が、何度も何度も、何度も何度も何度も、何度も、脳内で、再生される。発狂しそうになりながら、首輪が外された剥き出しのそこを強く手で押さえて、擦って、掻いて、ついているであろう噛み跡を消そうと躍起になるが、それで何かが変わるはずもなかった。何も変わらなかった。何も。

 涙が、涙が止まらない。俺は一体、誰と、番になってしまったのか。誰の、番にさせられてしまったのか。分からなくて、分からなくて、分からなくて、それでも、ただ一つ、明白なのは、俺の番は、番になってしまった人は、瀬那、と呼んでくれる黛ではないということで。俺は彼以外の人に、しかも初対面の人に、運命を探し奔走していた人に、噛みつかれたのだ。あの人のことを、俺は何も知らない。あの人だって、俺のことなんか知らないはずだ。運命であることしか、お互いに知らない。それなのに、いや、それだけで、十分なのか。あの人にとっては。