抵抗できない状況に恐怖を感じ、心臓がバクバクと鳴り響く中、彼の顎の力はみるみるうちに強くなり、強くなって。落ちるように、真っ逆さまに落下するように、心を壊されるように、一時的に考えることを放棄するように、頭が、真っ白になった。涙と涎が止まらない。止まらない。アルファに全てを奪われる。奪われる。牙が刺さる。刺さる。刺さって抜けない。抜けない。もう、忘れてしまいたい。記憶をなくしたい。死んで、しまいたい。

 そんなはずもないのに、項から注入されてしまった毒が全身に回っていくような不快感に吐き気を催した。はぁ、はは、番だ、俺の、番、と満たされるような恍惚とした声が、どこか遠くの方で聞こえる。番。番。俺の、番は。俺を、番にした人は。つがい。誰だろう。この人。誰。だれ。名前すら。知らない。首が。痛い。噛まれたんだ。そうだ。俺。噛まれたんだ。番。つがい。ツガイ。俺。噛んでいいって言ってない。言ってないのに。許可してないのに。誰か。噛んだ。かんだ。噛まれた。誰。俺の番は誰。だれ。誰だ。誰ですか。だれですか。あなたは誰。誰ですか。だれですか。わかりません。おれにはもうわかりません。わからなくて、わからなくて、わからないから、もう、どうでもよくて、くるしくて、うけいれられなくて、どうでもよくて、しにたいです。しにたい。しにたい。しにたい。しにたい。まゆずみ。まゆずみはどこですか。まゆずみ。まゆずみ。まゆずみ。まゆずみはどこにいますか。まゆずみ。まゆずみ。まゆずみ。おねがいします。ゆくえしれずの。おれをみつけて。みつけてください。まゆずみ。