その日はなぜか、包帯を上手く巻けなかった。自分を守るために何年も巻き続け、もうすっかり慣れてしまったはずなのに。気に入らず、落ち着かず、どことなく違和感を覚えて、二、三回巻き直してしまったのだ。

 なんとなく、不吉な予感がする。何がと聞かれても、本当になんとなくとしか答えられない予感。今日は外出を控えた方がいいだろうか。でも、抑制剤が残り少なくなっている。明日、抑制剤を処方してもらおうと昨日のうちに病院に行く計画を立てていたため、体はもうそのつもりだった。

 大丈夫、大丈夫。別に周りの空気も環境もいつもと何も変わらない。変わらないし、そもそも俺の勘なんて当てにならない。ならないから、包帯を上手く巻けない日もあると自分に言い聞かせて、嫌な予感は気のせいだと思うことにして、俺は病院へ行く準備を整えた。準備といっても、出歩いても恥ずかしくない程度の私服に着替え、項を死守するための首輪が緩んでいないか確認し、適当に貴重品を所持するだけの秒でできる簡単すぎるものではあるが。

 自室を出て階段を降り、今日もまた、誰もいない家の玄関で靴に履き替える。盆休みがあるのかどうか分からないが、両親はいつも通り仕事に行っていた。二人は俺に手を出してくることはなくなったものの、俺を避け、警戒しているのはなんとなく感じ、居心地の悪さは続いている。息がしやすくなったようで、本当はなっていない。両親は俺を恐れているのではなく、俺の近くにいる黛を恐れているのだろう。黛がいなくなれば、返した手のひらをまた返してしまうんじゃないか。溜まったストレスを、また発散してくるんじゃないか。そういった不安はいつだって付き纏っていた。それでも、精神的に病まずにいられるのは、家族の中で唯一、由良が、俺に対する態度を変えなかったからだろう。黛に迫られ興奮し、乱れた俺の姿を目の当たりにしても、彼は俺を無視したり避けたり気味悪がったりすることはなかった。言葉一つ一つを慎重に選び、気を遣って接しているだけなのかもしれないが、できた傷がむやみやたらに広がらないよう俺に消毒を塗ってくれている、たった一人の血の繋がった弟の由良に、俺は救われていた。