殺すように、愛して。

 頬の感覚が麻痺しそうなほど殴られながら、口を半開きにして涎を垂らし、どこを見ているのか分からなくなる俺の頼りない不安定な双眸が、父親や母親の背後に人影が近づいているのを目の当たりにした。家の中に、四人以外の人間なんていないはずなのに。確実にその人はそこにいた。他人が勝手に他人の家に上がり込んでいることに狂気すら感じるのに、それを凌駕するほどの期待感と安心感に対象から目が離せなくなる。殴られても殴られても、俺だけが気づいているらしいその人の姿を、俺は目で追っていた。ぼやけて歪んだ視界でも識別できる。長身で、俺と由良と同じ制服を身につけたその人は、紛れもなく、正真正銘、俺をここまで連れて帰り、また来るからね、と言い残して俺を放置した黛だった。黛。黛。黛。どこに行ってたの、どこから入ってきたの、黛。

 平気で不法侵入してみせた黛は、俺に暴行を加えることに全神経を注いでいるために全く背後を警戒していない父親に近づき、ハッと気づかれる前に父親の手を止め、物も言わずに顔面に拳をぶつけた。俺と同じ目に遭わせるように、父親が文句を言う隙すら与えずに無言のまま殴り続ける黛の目は冷めきっていた。ようやく黛に気づいた母親の甲高い悲鳴が耳につく。由良も気づき、兄さん兄さんと繰り返していたその唇が、黛先輩と小さく動いた。黛の手は止まらなかった。黛の手は父親の顔を殴打し続けていた。殴打、殴打、殴打。目の前で父親を殴る黛に、俺は酷く酩酊し、見惚れてしまう。黛、黛、黛。