由良、由良、由良。母親の声が木霊する。由良、由良、由良、由良、由良。由良ばかり。俺のことはもう、瀬那、とは呼んでくれない。彼奴。此奴。お前。俺がオメガだと診断され、確定されたその瞬間から、手のひらをひっくり返したように態度を変えた両親は、由良を残して俺を蹴り落とした。由良、由良、由良。そればかり。俺に名前はない。なくなった。瀬那、と呼んでくれる人なんて、もうたったの一人しかいない。その人がいなくなったら、俺は自分の名前をいつか忘れる。そんな気がしてならなかった。
黛。黛。黛。遅いな、黛。いつ戻ってくるの、黛。どこに行ったの、黛。俺を置いて、どこに、黛。黛。黛。
由良、由良、由良、由良、由良。俺の思考の邪魔をするように、弟の名前が母親の声で何重にも頭に響く。由良、由良、由良、由良、由良。由良は由良なのに、由良は俺の弟なのに、由良が誰なのか分からなくなりそうだった。消えない声に、消えない視線に、体の震えが治まらない。由良、由良、由良、と何度も何度も何度も呼ばれている由良は、沈黙している。黛、黛、黛、といつでもどこでも都合よく求められている黛は、まだ戻ってこない。由良、由良、由良。黛、黛、黛。
息を乱して喘いで、永遠に続くかのような狂気的な声と敵愾心を孕んだ眼差しに、意味もなく両耳を塞いだ。短い呼吸に頭が痛くなる。今更逃げられるはずもないのに逃げようとする体は、笑ったままの膝を無理やり動かして。玄関の方へと身を乗り出していた。ついていかない足が、バランスを崩させる。一瞬だけ持ち上がったように思えた腰はすぐに落ち、いつまでも思うように動かせない足に冷静さを失いながらその場で無様に踠く中、お前のせいで由良は、お前がいるから由良は、と耳を塞いでいるのに脳に直接、やたらと大きく、スピーカーの如く響いた声に発狂しそうになった。
黛。黛。黛。遅いな、黛。いつ戻ってくるの、黛。どこに行ったの、黛。俺を置いて、どこに、黛。黛。黛。
由良、由良、由良、由良、由良。俺の思考の邪魔をするように、弟の名前が母親の声で何重にも頭に響く。由良、由良、由良、由良、由良。由良は由良なのに、由良は俺の弟なのに、由良が誰なのか分からなくなりそうだった。消えない声に、消えない視線に、体の震えが治まらない。由良、由良、由良、と何度も何度も何度も呼ばれている由良は、沈黙している。黛、黛、黛、といつでもどこでも都合よく求められている黛は、まだ戻ってこない。由良、由良、由良。黛、黛、黛。
息を乱して喘いで、永遠に続くかのような狂気的な声と敵愾心を孕んだ眼差しに、意味もなく両耳を塞いだ。短い呼吸に頭が痛くなる。今更逃げられるはずもないのに逃げようとする体は、笑ったままの膝を無理やり動かして。玄関の方へと身を乗り出していた。ついていかない足が、バランスを崩させる。一瞬だけ持ち上がったように思えた腰はすぐに落ち、いつまでも思うように動かせない足に冷静さを失いながらその場で無様に踠く中、お前のせいで由良は、お前がいるから由良は、と耳を塞いでいるのに脳に直接、やたらと大きく、スピーカーの如く響いた声に発狂しそうになった。



