殺すように、愛して。

 そうこうしているうちに、由良、とさっきよりも近い距離で母親の声が届いた。乱れた呼吸が、音を歪ませる。ここは狭い家だ。人探しなんて難しくない。探す必要もない。母親が目的を持って向かった場所に、俺と由良はいたのだから。

 逃げる余裕もなかった。違う。嘘だ。あったはずなのに、震えて笑って狂った、この何の役にも立たなかった両足が、空いていたはずの隙間を瞬時に埋めたのだ。あったのに、なかった。俺の身体が、俺自身が、余裕を潰した。

 地獄だった。地獄の幕開けだった。性根の腐った、オメガいびりが始まる。その腐った性根に、俺はいつも負けていた。やめてください、としか言えない。やめてくれないのに。ごめんなさい、としか言えない。俺は何もしていないのに。意味のない、届かない、やめてください。意味のない、届かない、ごめんなさい。なんで。俺は。そればかり。やめてください。ごめんなさい。そればかり。心臓が痛い。

「由良、どうして此奴といるの? 約束したじゃない。欠点だらけのオメガの此奴とは関わらないって。それなのに、それなのに、ああ、どうして、どうして、由良が、由良が約束を、私とお父さんとの約束を、破るなんて……、おかしい、おかしい、おかしいわ。由良が、約束を……。由良……。由良、が、由良が……。おかしい。おかしいから、由良。由良。そうよ、由良が、言いつけを、守らなかったのは……、違う、違う、そうよ、守れなかったのは、そうよ、そうよ、由良が、変になったのは、そうよ」

 此奴に誑かされたからなのね。此奴のせいなのね。この出来損ないのオメガのせいで、由良は。見ていなくても、鋭い眼光が突き刺さったのが分かった。体が震える。息ができない。由良は何も言わない。由良に頼るわけにはいかない。由良、由良、由良。そればかりの母親の前で、俺に責任をなすりつける母親の前で、更に機嫌を悪くさせるような真似をするわけにはいかない。