「瀬那、今日の分の板書だよ。あげる。授業そっちのけで、俺の、写してたよね」

 異論は認めない、どこ行くの逃がさないとでも言わんばかりに、黛は俺の胸に数枚のルーズリーフを押し付けた。そして、先手を打って牽制するように、緩められなかった首輪の上から五指で圧をかけられる。皮膚にじわじわと食い込んでいく指と、見上げた先にある笑顔のない黛の表情に、遠慮する、逃げ出すという選択肢を掻き消されてしまった。

 あ、う、と苦しみ喘ぎ、泣きそうになりながら、俺は与えられたものを震えた手で、冷えた手で、受け取っていた。そうするしかなかった。そうすることしかできなかった。後日返すから、も、ありがとう、も、やめて、も、離して、も、何も、言えなかった。余裕がなかった。黛からのプレッシャーに押し潰され、拭えない透明な何かがぎゅうぎゅうに犇めき合った心に、一切の隙間がなかった。

 普通の、俺、に、戻る隙を与えてくれない。黛といると、黛に迫られると、俺は自分を見失ってしまいそうで。黛に対して、常人が持つであろう狂気や恐怖を感じていることが、自分はまだ自分でいられている証拠のようだった。

「手、震えてるね。可愛いね。泣きそうになってるんだね。可愛いね」

 瞳孔を開き、首を絞め、顔を近づけて。頬から目元にかけて舌を這わせる黛は、狂っているとしか言いようがなかった。