俺が山田組へとやって来たのは、まだ二十歳そこそこの頃だった。


 

 何故ヤクザの御厄介になったかといえば、まあ家庭の事情ってやつだ。


 俺の実家は割烹料理屋を営んでいた。


 当時、俺は両親が切り盛りする店の手伝いをしながら、料理の勉強に勤しんでいた。


 一人息子だった俺は、店を継ぐ気満々だったのだが、ある日専門学校から帰ってきた俺に待ち受けていたのは、店を閉めて中で土下座する両親の姿である。



 当時気付けなかった事、それは店が経営難であった事だ。

 最悪な事に、親父が闇金に手を出していた。


 それの取り立てに来ていたのが、山田組の組員である。