高橋さんが座っているところから少し離れた赤い合皮のカウチに私たちは座った。蒼は私にだけ聞こえるひそひそ声で言う。

「あいつがさっき話してたのは、地裁の事務局の職員なんだけど。あいつの態度、酷かっただろう?」

「うーん。感じ悪そうだったね」

「あんなんだけど、あいつは出会いを求めてる」

「あれで? さっきの人のことが、好きじゃなかったからあんな失礼な態度取ってたの?」

「好きじゃなかったって言うより、あいつの価値基準に合わなかったから、だな」

「価値基準?」


蒼が言うには、「マウンティング野郎」こと高橋由紀彦さんは私たちと同い年、蒼のお父さんの友人の息子で、同じ事務所で働くアソシエイト。かなりの自信家のうぬぼれ屋で、自分に近づいてくる(特に)若い女性は、自分の財産目当てだと思って常に警戒しているらしい。

親睦会で酔っぱらった彼は好きな女性のタイプを事務所の女性陣に訊かれて、持論を朗々と展開した。

まず、付き合う女性は25歳以下。ある程度の裕福な家庭で育ち、教養があるがそれを鼻にかけない人。美人で色白で背は150㎝台、やせていて、胸はDカップ以上。浪費癖は無くかつ貧乏くさく無く。金目当てではないこと。

「——それ聞いてどう思う?」

「あ、はは。まあ、理想のタイプはそのひとの自由でいいと思うけど。もしかしたら、過去にお金目当ての人に騙されたとか?」

「そうだとしても、あんな性格ひん曲がってるのが顔に出てる上に、人を信じられないケチなやつがどの口で言うんだよ。親睦会の女性陣はドン引きだったよ」

「思うに……胸はちょっと足りないかもだけど、さっきの遠西さん? 80%くらいはマッチしてるんじゃないかな?」

「ちょっとじゃなくて、胸はだいぶ足りないだろう。浪費癖はあるな。親の金と権力を鼻にかけてるし、性格悪いところはほんっとお似合いだよ。それに面白いのが」

蒼はくすりと笑う。

「あいつは高橋由紀彦。遠西は由紀奈。名前がかぶってる」

「そうなんだ? お、お似合い? かな?」

「んー。さっきの遠西の態度、見ただろう? まあ、どんな女だって高橋(あいつ)には無理だろ。稼いでるくせに、デートの相手に投資はしないんだ。ある意味、すがすがしいくらいのケチ。外に止めてるあいつの薄いブルーのハイブリットカー、見たろう?」

「あー。あれ、彼のなのね」

「あれ自体はマズくはない。でもあいつ普段は600万くらいの車に乗ってるくせに、女と会うときはわざとあのコンパクトカーに乗って来て、相手の反応を観察するらしい。だから遠西もムカついて今日は別々に来たのかも?」


はは……なんだかぐにゃぐにゃにねじれた性格の、すごーく難しい人なのね。

グリム童話のカエル王子とか、ペローの『美女と野獣』的な? 自分の嫌な面とか醜い面を先に見せて、それでも好いてくれる人にいい面を見せようとするのって、結構非効率的。男でも女でも、気に入られたくない相手にはひどい態度をとることもあるけれど、気に入られる前からひどい態度では、きっと誰も理解してくれないだろうな。

彼の理想のタイプの条件を訊いたら、女の大半は引いちゃう。女でも、相手に必要以上に尊大な条件を並べ立てる人はたくさんいるけどね。


「うわ。あいつ、こっち見てる」

ソファから高橋さんが白目をむいて蒼を睨んでくる。よほど嫌っているみたい。私は軽く会釈する。彼ははっと目を見開いてから、こちらに向かって歩いてくる。

「来てたのか、渋谷。相変わらずチャライい恰好だな。ガイジンかと思ったぜ」

高橋さんはとげとげしい声音(こわね)で蒼を見下ろしながら言う。すでに視線マウンティング! いるよね、いるよね、男でもいるよね。

「こちらは?」

はは。上から目線なんだ? 私を一瞥してぴく、と片眉を上げる。本当に神経質そうだな。

蒼は私のウエストを引き寄せて高橋さんを見上げてくすりと笑う。

「ひとのより自分のツレを気にしろ。あっちでほかの事務所の奴に色目使ってるぞ」

「どうでもいい。どうしても来たいって言うから、仕方なく同伴者にしてやっただけだ」

「ユキちゃん同士でお似合いじゃないか」

「誰が、お前に言い寄ってる女なんか」

「過去形過去形。さっき毒吐かれたし」

「遊び人め。こんな顔だけの男と一緒にいたら、あなたも痛い目に遭いますよ?」

高橋さんは私を見て言う。

彼の悪態を何でもないようにスルーして、蒼は私の左手を取って、ブレスレットに口づけて私を見つめて言う。

「退屈じゃないか? 退屈だろう? 顔出して義理は通したし、邪魔者がいないもっと楽しいところに行こうか?」


ショッピングモールで美人検事さんを撃退した時と同じような、とびきり甘々な言い方。周囲の人たちがはっと息をのむ気配。人目を引くためにわざと色気全開にふるまう蒼に、無視されてばかにされたと感じたらしい高橋さんは、拳をふるふると震わせて真っ赤になって怒りが爆発寸前みたい。

「なっ、ななななっ! シカトかっ! お前っ、俺を無視してイチャイチャとっ!」

高橋さん。腹黒な蒼はわざとあなたを挑発してるから……腹を立てたら思うつぼなのに。

「月から金までお前の顔は毎日見てるのに、休みの日まで絡んでくるなよ。俺が好きなのはわかるけど、そういうの、仕事の時だけでいいから。それじゃ、お先に失礼!」

蒼は私の手を取ってカウチから立ち上がる。立ち上がると、高橋さんとは10㎝くらいの身長差なので、蒼は逆に彼を見下ろすことになる。

一歩、蒼が踏み出すと高橋さんはびくっと肩を動かして一歩下がる。蒼はにやりと笑む。わかる。心理戦では蒼には勝てないよ。


優雅な足取りで蒼が歩くと、周りの視線も動く。「つい、目がいっちゃう」、そんな感じだと思う。

同伴者(わたし)を連れていても、女性たちからの熱い視線はなくならないのね。絡みつく視線の数々に気づいているくせに、涼しい表情で通り過ぎる。私がずっと避けていたタイプの男だったのに。

ひとつだけいいことは、蒼が目立ちすぎて一緒にいる私が逆に目立たないことかな。

「今からどこに行くの?」

車に乗り込んで尋ねると、蒼は口の端を上げて笑んだ。

「ひみつ」

そして車は走り始めた。








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