ドレスコードはカジュアルエレガンス。

蒼に訊いたら当日はダークブルーのミラノスタイルの細身のスーツにダークブルーのシャツ、ダークグレイのタイにするとのことなので、私は淡いウィステリアカラーの5分のパフスリーブにカシュクールAラインのひざ丈シフォンドレスに決めた。

パートナーのスーツの色に合わせてドレスを決めるのは、秘書時代の癖だろうな。


1週間は瞬く間に過ぎて、次の土曜日のお昼。

うちの居間で、私の久々に気合の入った姿に、暉とリュン君は「おおお」と声を上げた。

「朔、きれい!」

最高!(セ・ジュニアル)朔ちゃん、すごくキレイ!」

ソファに並んで座り、ゲームに夢中になっていた親子は、同じびっくり顔で拍手した。


リュン君も日本の生活にすっかり慣れてきたみたい。本当に、小さい暉がいるみたいで時々笑ってしまう。先週の温泉旅行以来、父もよくリュン君とビデオ通話していて、「おじいちゃん(ペペ)」と呼ばれて嬉しそうだ。

お互いのことをよく知らなかったこの7年を埋めるみたいに、暉とリュン君はいつも一緒にいる。食いしん坊のほくろだけではなくて、ちょっとしたしぐさや癖も似ているところが興味深い。


「朔、準備できた?」

玄関が開いて、蒼が居間に入ってくる。

「うわぁ。こっちも気合入ってるな」

「うわぁ、かっこいい(イレ トホ ボウ)!」

ぱちぱち。拍手までするリュン君。

「じゃあ、行ってくる! 帰りは明日な!」

蒼は私の手首をつかむともう一方の手をソファのふたりにひらひらと振り、居間を出た。


着替えなどを入れたバッグを後部座席に置いて、蒼の車の助手席に乗り込む。

「朔、左手出して」

「?」

言われるままに左手を差し出すと、蒼はジャケットの右の腰ポケットから細長いものを出して私の手首に巻いて留めた。

「あっ、なに……?」

華奢なスターリングシルバーのチェーンに、1カラットくらいのラウンドカットの水色の石がひとつぶついたブレスレット。

「アクアマリン。よく似合うよ、朔」

「……ありがと」

右のこめかみにキスが降ってくる。


蒼は口の端を上げて車のエンジンをかける。

「すごい、偶然。今日はピアスもアクアマリンだよ」

左手を翳すと、水色の石が日の光を通してきらきらと輝いて見える。

誕生石でもなくアクアマリンなのはきっと、イルカの水槽のイメージだと思う。

あの日一緒に眺めたあの水槽から、水をひとつぶ取り出してきたみたい。そんなところはすごくロマンティックね。

私の口角が自然と上がる。

これ、初めての蒼からのプレゼントだから。



海は海でも浜辺ではなく、入り江の向こう側、岬の上。

太平洋を一望できる見晴らしの良い場所に、会場となる別荘はある。


岬へと続く一本道を上ると、カーブを曲がりきったところに開けた場所はその別荘の駐車スペース。すでに15台前後の車が止まっているけど、ほとんどが外車でしかも高級車。まるで外車の見本市。うん? 家の門に一番近い辺りに、コンパクトな水色のハイブリッド国産車がとめられていて……なんか、逆に目立っている。

車を降りてジャケットの前ボタンを留めると、蒼は手を差し伸べてくる。もう「ここは迷子にならないから大丈夫」とは言わないで、差し伸べられた手をごく自然に取る。パーティに一緒に来たのは初めてだけど、専務のお供であらゆるパーティに行ったことがあるから、うまくやる自信はある。



蒼の話によれば、そこは「マウンティング野郎」のお父さんがマリブで小さいころ住んでいた邸を懐かしんで建てたそうで、シンプルでモダンなミッドセンチュリースタイル。白い外観で庭が広い。

入り口でホストの奥さんが出迎えてくれた。促されるままに奥に入ると大きなガラス戸全体に海を見渡せる、テニスコートがひとつ入るくらいのリビングルーム。そこには長いテーブルに白テーブルクロス、ケータリングのゴージャスな料理が並べられ、すでにいる人々はグラス片手に料理をつまんだり、談笑していたり……していたんだけど。

みんな一斉に私たち、というか、蒼に気づいてはっと目を奪われている。

わかる。

蒼には、華があるから。ダークブルーのナポリスタイルのスーツは色気があって人目を引くけど、蒼自身もどこにいても一目でわかるほどに華やかなオーラを発している。周りの雰囲気を一気に塗り替えちゃうみたいな圧倒的な威力があるのだ。これじゃあ、「何かがついて来て」も、仕方ないかもね? と心の中で苦笑する。



周囲の視線をものともせず、蒼は涼しい表情で言う。

「朔、俺の同僚たちを紹介するよ」

そう言って、私の腰に手を添えて、窓際でソファに座って談笑している人たちのもとへ向かう。蒼が声をかける前に、人々の中から一人の女性が蒼に気づいて会釈した。

「渋谷先生、いらっしゃいましたね!」

ネイビーのパンツスーツ、白いシフォンのブラウス。スクエアシェイプの眼鏡をかけた、40代前半くらいの上品で知的な感じの細身の美人。

「こんにちは、友坂さん」

「こんにちは。あら、お連れのかたは、もしや……」

「こちらは山野井さんです。朔、この方は俺の新しい担当パラリーガルの友坂さん」

私と友坂さんは会釈しあう。蒼の担当パラリーガルと言えば、カフェまで偵察に来たあの若い女性じゃなかったっけ? ええと、名前は確か……桐生さん。

「それが、業務に支障をきたすほどになってきたので、渋谷先生が私に泣きついてこられて。私はほかの先生の担当でしたが、彼女と担当を交換したんです」

ふふ、と友坂さんは笑った。

その桐生さんは、今日はいないらしい。

それから三人ばかり、同じ事務所の人たちを紹介された。

「飲み物、取ってくるからちょっと待っててくれ」

そう言って蒼はバーテンダーがいるホームバーに飲み物を撮りに行く。


「やっとお会いできましたね、お噂はかねがね」

友坂さんは私に微笑みかける。

「噂とは……」

私のどう反応してよいのか躊躇(ためら)うあいまいな笑顔に、友坂さんは首を横に振る。

「ああ、いえ、渋谷先生が事務所を飛び出されたあの事件以来、よくボスにからかわれてらっしゃるから」

「ああ、あれですか……」

私が暉のストーカーに襲われたときね。ボスはすなわち、蒼のお父さんか。

「ご無事で何よりでしたね」

「ありがとうございます。あの、友坂さんは、長くお勤めされていらっしゃるのですか?」

「はい。事務職で入社して10年くらいで、7年前からパラリーガルになりました。先週まではあの、あちらの平井先生の担当でした」

「はは……思いがけない担当チェンジでしたね」

「ええ。困ったものですね。まあ、若いお嬢さんだから、気持ちはわからなくもないですけど。業務に支障をきたすと渋谷先生がボスに訴えて。ここだけの話ですけど……」

友坂さんは声を潜めて内緒話のようにこそっと教えてくれた。

「桐生さんは、弁護士夫人になることを狙って働いているんです。渋谷先生が全くなびかなくて担当まで替えられて完全に振られてしまったので、今は平井先生を狙ってるんですよ。だから安心してくださいね!」

「えっ?」