水曜日の朝ご飯の席は、なぜか報告会のような感じだった。



まずは私が言った。

「今日は念願の新車の納車日です! 自分で運転して帰ってきたいので、朝、ディーラーに取りに行きます!」

そう。地元にいれば自分の車は必要だからと自分に言い聞かせ、念願の新車を退職前に購入しておいたのだ。それがやっと、本日納車される。

暉と蒼はぱちぱちと拍手して素のままおめでとう、と言った。私が珍しくテンション高めなのに、ノリが悪いひとたちだ。

「俺は今日、自宅に新しい家具が届くんだ。できれば暉に手伝いに来てほしい」

蒼が言うと暉は表情を曇らせて「あー!」と嘆息する。

「今日はこの後すぐ沖縄に行かないといけなくなった。それで帰りは明日の夕方なんだ。ごめんな。俺の代わりに朔で我慢してくれ。力仕事はちょっと、いやまったくダメだと思うけど」

「私は海里君の研修があるよ……」

「もう大体は済んだろう? 今日は妙子さんに頼もう。だから朔は蒼を手伝ってあげて。準備はほぼ終わってるから土曜まではのんびりしていいし。今日は新車でも乗り回してくるといいよ」

「わかった……」

それで朝食後すぐに暉が空港に向かい、私は蒼とディーラーまで車を取りに行き、そのまま蒼の家に行くということになった。


暉を送り出し掃除を済ませた後、蒼と一緒に家を出る。

「海里君のことは任せて。なんなら戸締りはしてお・く・か・ら! ゆっくり楽しんでいらっしゃい~」

妙子さんが意味深な(しかし露骨な)笑顔で送り出してくれた。



バス停でバスを待っている時に、蒼が言った。

「来週から仕事が始まるから、明後日(あさって)には自宅に戻るよ」

「そう……」

今までいなかったことが普通でたかだか5日ほどいただけなのに、いなくなると聞くとなんか寂しい気もする。

「寂しいんだろう?」

勝ち誇ったようにふっと笑う。

「べ、べつに……」

この人は、私の心の声が聞こえるのだろうか?

「本当は帰国したその日にはもうそのまま住める状態だったけど。暉には電気水道はまだ通ってないって言ってあった」

腹黒い。暉の扱い方も完璧だし。

「今日も、あいつがスポンサーのひとつに招かれて沖縄に行くのわかってたから、わざと手伝いを頼んでみたんだ。仕事が入るとあいつの他への集中力はかなり低くなるよな?」

本当に……腹黒い!

「だから来週はたぶん、会いに行けないと思う」

そんなことって……


私たちは、「何でもない」のに。


きっと仕事が始まったらすごく忙しくなって、もしかしたらもうそんなに会うこともなくなって、そうなればなんとなく自然に忘れられて……蒼にとって私はただの友達の妹で、それだけのどうでもいい存在になっていくんじゃないかな。

人混みに紛れたら、見つけるのが難しい私のことなんて……

仕事で魅力的な女性に出会ったりして……

しばらくぶりに何気なく会ったら、お似合いの美女が隣にいて、「彼女だよ」なんて紹介してくれたりして……

(でもどういう基準でそうなるかはよくわからない)



そもそも……何も確実なことは言わないくせに、どうして思わせぶりなことはいろいろ言うわけ?

これを考え出すと、解決したかに思えていた「もやっと」が、またもやもや度を上げて私の心の中に黒い煙のようにもくもくと立ち込めてくる。

あるいは、別の「もやっと」?



――大学に入った年。2年上のある先輩に、「キミのことかわいいと思って気になってたんだ」と言われたことがあった。「ご飯に行こう」とか「カフェでもどう?」とか誘われて、何度かふたりだけで出かけた。いい人だったけど、ちょっとチャラいなと思ったので、あまり近づきすぎないように距離は保っていた。それでも、自分に向けられた好意がなんともこそばゆくて、丁寧に扱われることが嬉しくて、ひと月経つ頃にはなんとなくその先輩に好意を感じ始めていた。

ところが、最後にカフェでおしゃべりした時から2週間くらいまったく連絡がなくなった。試験か課題か就活で忙しいのかなと思い、迷惑にならないようにそのままにしていた。さらに1週間経っても連絡がなかったので、その先輩の学部の校舎まで行ってみた。

すると、雑誌から抜け出したような全身ブランドの派手な女の子とくっついて歩いている先輩を見つけた。彼女は彼の腕に自分の腕を絡みつかせ、ぴったりと密着して甘えた感じに彼を見上げていた。

頭上に「?」を浮かべる私の後ろから、男子学生たちの話が聞こえてくる。

「あーあ、なんだあれ。いちゃつきすぎだろ」

「あいつら、最近付き合い始めたらしいよ」

「へぇ。あいつ、新入生追いかけまわしてなかったっけ?」

「ああ、なんか脈なしっぽいから、やめたって言ってたぜ。だからって、あの女はありえねぇわー」

「なんでよ。あいつの目的はほら、さ。ヤレりゃいいんだよ」

ははははは。鬼畜ー。おサルー。


彼らは私を通り越して去っていった。

このことがあったから、私は駿也の「ひとめぼれ」がなかなか信じられなかったのだ。




それと、お昼ご飯を学食でよく一緒に食べていた、女の子たちの中の一人のこと。もうその子の苗字も思い出せないのに、その話だけは鮮明に覚えている。

彼女はすごくモテるほかの大学の男の子と付き合っていたらしく、よく彼氏自慢をしていた。そののろけはエンドレスで、知りたくないことまでこまごまと聞かされたっけ。

その彼が、合コンで知り合った子とお泊り旅行に行ったことを彼女が偶然知ってしまった。彼女は仲良しの子を従えて彼を責めに行った。泣きわめく彼女に、彼は皮肉な笑みを浮かべて言ったらしい。

「お前にはなんも言われる筋合いないわ。そもそも俺たち、付き合ってないし。彼女面するんじゃねーよ」



「たとえ『付き合おう』って言われなくてもほかの人としないようなこと何度もする関係ならば付き合ってることになるかもしれないし、まだ本命にしたくないから様子見でわざと言い出さない男もいるわね。彼が友達に『彼女だ』って紹介すればほぼそう思っていいし、はっきり言えないシャイな人もいるわ。逆にこっちは何とも思ってないのに、1回ご飯を食べに行っただけで彼氏気取りの男もいるし。『俺たち、別に付き合ってないし』って言われて恥かくのも嫌だけど、『私たちって、付き合ってるの?』って訊いて、は? みたいな表情されても嫌よねぇー」

とは、恋多き女として名をとどろかす先輩秘書のお言葉。



はぁ……



見極められるほど、私は蒼を知らない。



ぼんやりと考え込んでいると、バスが来た。





✦・✦ What’s your choice? ✦・✦
 口説いてきた相手から連絡が途絶え2週間。
     どうする?

A  朔のように一応、確かめに行く

B  メッセージや電話をたくさんする

C  友達に探ってもらう

D  脈なし。もう忘れる。


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