一条さん結婚したんですか⁉︎



 淑やかなシックな装い。昔とは違って、水玉模様は灰掛かった暗めの落ち着き。綺麗な艶髪が服装の黒と相まって、その純白の肌をより一層強調させる。

 控えめな化粧は、濃い味に飽きた者には新鮮であり、その姿は先程まで見せられていた素朴な外見とは打って変ったもの。

 
 社内でも随一の美男子として有名な、一条の妻とはどんなものかと思ってはいたが、これは予想外。

 普段は下の者への教育は熱心に取り組み、目上の人間への配慮、気配りも欠かさない。四方八歩張り巡らせる一条という素晴らしく優秀な存在。


 そんな彼をより一層伸ばしてやろうと、試みていた事が、全て馬鹿馬鹿しいとさえ感じる。


 今まで一度も、見たことも聞いた事も無いぐらいの勢いのある声。この男が如何に、目の前の女性を愛しているのか、今まさに真摯に伝わってくる。

 
『一条さんが結婚したと、社内で噂になっています。』

 秘書伝手で耳に入った電撃報道。ずっと勧めてきた良家の令嬢や、取引先のお嬢さんとのお見合いを何度も断られ続けた末、裏切られた気分になった。

 自分の支配下に居る駒が、自分の思い通りにならないもどかしさ。


 彼にとって有益な甘い誘惑で揺さぶれば、簡単に手元に戻ってきてくれるのだと思っていた。


 だがしかし....あの一条を動揺させ、緩みきっただらしの無い表情へと変貌させてしまえるのは、この女性しか居ないのだと気付く。



「突然の訪問で失礼致します。私、そこの一条の妻、花と申します。」

「ああ、君が花ちゃんだね....。」

「....んん!?」


 私が奥さんの事をその愛称で呼べば、奥様が旦那の方をギロリと睨みつけた。すると、一条は不味いとでも思ったのか、咄嗟に視線を泳がせ始める。

 何かを察したらしい奥様は、大きな溜息を吐くと、気を取り直してこちらへと歩み寄り、深く頭を下げ始めた。


「私は旦那と別れる気は一切御座いません。それでも尚、一条をお望みでしたら、旦那にはこの会社を辞めていただく他ないです。ですが....私と旦那の仲を引き裂きたいのなら....かかってこい!!私が相手になってやる!!」

 淡々と喋り続けていたが、先程までの淑やかさは何処へやら、随分と威勢の良い声で喧嘩腰に豹変した奥様は、私に詰め寄って来た。

 襟を掴まれそうになり、咄嗟に身を引けば、側からクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「花ちゃんっ、もう大丈夫なんだよ。」

 男の私でも甘々しくて、むず痒く感じる一条の声に、奥様は面食らって伸ばし掛けた腕を停止させた。

「....俺、いや私が居なくなったら、皆困るみたいなので、残る事にします。それに....社長には花ちゃんの良さをプレゼン済みなので、仕方ないですけど、ファンクラブの会員にしてあげましょう。あ、でも花ちゃんって呼んでいいのは、旦那である私だけですので、いくら社長といえど....次、妻の事を花ちゃんなんて気安く呼んだら、わかってま・す・よ・ね?」


 会社内外で王子様と呼ばれていた一条が、極悪非道を走っていそうな悪役面を浮かべた。

 普段はひた隠しされた王子の裏の顔....否、それが本当に裏面なのか、それとも彼本来の姿の一部だったのか....。





(....恐ろしいので、大人しく彼の言う事を聴いとこう。)