転校生が来たというのに、周囲の意識は直ぐに別へと移りゆく。



 夏休み何してた?だとか、宿題が終わってないと焦りながらも笑い飛ばす騒がしさ。


 小さな体がゆっくりと音を立てずに、美郷の横に辿り着けば、荷物を掛けて席に着く。


「はじめまして、二条....花さん?」


 座高が二倍近くはあろうところから見下ろせば、花の小ささはより一層際立つ。


 担任の背を優に越した美郷少年。彼が声を掛けてみれば、ピクリとその小さな肩が震え上がった。


 
「....。」

「俺は一条 美郷。宜しくね?」


 こっちなど一切見る気配の無い花だが、話は聴こえているらしく、頭が下げられた。



「一条くん!夏休み海外に旅行行ってたんでしょ⁉︎」

「一条くん....」


 クラスいちのイケメン、一条 美郷少年の周りには、瞬く間に女の子達が群がり始めた。



 ピンクに水色、目がチカチカする配色の派手な子供服。

 それらに目が眩む。地味な黒がそれらに遮られ見えなくなってしまった。








 




「一条くんと二条さんって、正反対よね。」


 クラスに溶け込もうとしない花。彼女の声は、授業中に当てられた時に回答する際発せられる。

 人気者の一条の隣には、空気に程近い二条。


 もしも花が絶世の美少女とかだったならば、美郷を好きな女の子たちが嫉妬してたに違いないだろう。


「名字似てるのにね〜。二番目?いやいや〜、なんなら十条とかの方が合ってるんじゃない?」


 自分等もそこまで可愛くないのに、花に向けられる心無い見下しの台詞に、美郷は幻滅していた。


 初めから自分に向けられる好意に興味が湧かなかったが、今じゃ彼女等に対して"最低だな"と思ってしまう。


 花の耳に入っているだろうに、隣の彼女は何も言い返さず、他人から隔てる様に、自分の世界に居た。


 読書中は背筋が良い。小学生には難しそうなタイトルの小説を読んでいる。


 細くて綺麗な指先がページを捲る。



「二条さん何読んでるの?」


「....え、」


 彼女と目線を合わせる様に伏せた美郷は、頭を花へと向ける。


 前髪の下に隠れていた円な瞳が見えると、それが動揺し何度も瞬きを繰り返している事に気付く。



「読書の邪魔してごめんね。」



 怖がらせるとか、吃驚させたかった訳じゃ無い。


 ただ....この子がどんな子なのかと興味を抱いただけ。

 
 他のクラスメイトとは違う落ち着いた雰囲気、自分の容姿に一切靡かない存在。


 目の前で悪口を言われても動じず、気配を消そうとする佇まい。



「うぅん....大丈夫。」


 か細く可愛らしいひな鳥の様な囁きが、美郷の耳を擽った。



 嫌な気がしない、寧ろ落ち着いていて安らげるひと時。



「花ちゃんって呼んでもいい?」

「それは無理....。」

「え、なんで?」

「....恥ずかしいから。」



 他の誰も興味を示さなかった二条 花。

 常に隠された彼女の顔色が、少し赤く染め上がると、自分だけが彼女の可愛らしさを知ってしまったのだと、嬉しく思い、心臓がぎゅっと握り潰される様な感覚に陥る。



 

(....初恋はきっとこの瞬間だったんだ。)