しかし、相変わらず嫌がらせは続くし、玲人ときたらあかねが関心がないというのに必死であかねに絡んでくるしで、あかねは真剣に現状の打開策を考えざるを得なくなった。ここは閃いた脚本の出番である。

最推し+学生恋愛、と来れば、おのずとキャスティングは決まってくる。ここは校内一の美少女の出番のはず。

――美少女『玲人くん、昔から応援してました。普通の高校生になった玲人くんも大好きです!』
――玲人『やあ、これは高橋さんとは比べ物にならないくらい、かわいい人だね。やっぱり僕も芸能界を長く渡って来ただけあって、美醜を問われれば美人好きなんだ。かわいい君、名前は?』
――美少女『うれしいっ! 私は……』

……というのがあかねの脚本だ。これで玲人はあかねに関心を示さなくなるはず! あかねは手はずを整えて、玲人を放課後の中庭に誘った。

「なに? 話って。教室では言えないようなこと?」

若干嬉しそうな玲人を騙すようで胸が痛かったが、それもこれも全て玲人の薔薇色の高校生活の為だ。あかねは、そうだね~、などと誤魔化しつつ中庭に足を踏み入れた。

「玲人くん……」

あかねと玲人の姿を認識したと思しき人物から玲人を呼ぶ声が掛かる。声の主が待っていたのは玲人だけなので、あかねに言及がないことなどどうでもいい。

しかしこの状況を素早く正確に認識した玲人の表情がスッと消える。
いや、もっと何か反応があると思ってた! そんなに拒否反応示さなくても! 仮にも玲人と光輝を除いた男子たちの人気を独占してた女子だよ!? ここはせめて愛想笑いとか!!

……というあかねの内心を知らずに美少女・諸永桃花は、あかねに玲人を連れてきた礼を短く伝えた後、大きな目で一生懸命玲人を見つめながら玲人に話し掛ける。

「玲人くん。私、玲人くんが好きです……っ! 友達からでも良いから、お願いできませんか……っ!」

なんとか告白した桃花を、あかねが玲人に仲介する。

「玲人くん、こちら諸永桃花さん。美人でしょ? きっと諸永さんだったら、玲人くんの夢が叶うと思うの。いやあ、学校一の美男美女カップルなんて、凡人の私からしたら羨ましい限りだわ~」

あかねがそう言うと、玲人が言葉を発するより先に、桃花は玲人に向かって更に言葉を続けた。

「最初から彼女にして欲しいなんて言いません。高橋さんとしたみたいに、友達から始めてもらえれば、それだけでいいんです……」

桃花を選んだのには、それなりに理由がある。
あかねは凡人だ。モテた経験なんてない。一方桃花は、入学時からその美貌で注目されていた。一部男子にはシンパも居るようで、そういう、注目される人としての悩みや苦悩がある筈だった。
それは玲人も同じだと思う。あかねでは理解できない『人目を集める人種』ならではの悩みの相談や、時に助け合いをすることが、この二人なら出来るだろう。そういう意味では玲人の、普通の高校生としての恋愛相手として、桃花は適任なのだ。

(そう! そうなの!! 意味のない人選じゃないの!)

あかねはそう自分の中で結論付け、桃花に後を頼んだ。

「じゃあ、私は帰るんで。後はお二人で仲良くどうぞ~」
「あかねちゃん!」

中庭を出ていくあかねを追おうとした玲人を、桃花が玲人の名前を呼ぶことで足止めする。生来のやさしさからか、玲人が桃花の呼びかけに応じないなんてことはなかった。
桃花はほとんどの男子が彼女を好きだったようにやさしいし、それ以外にも良い所がある。
それは明るく前向きで、今回あかねが桃花に白羽の矢を立てた理由を理解していたことなど、時にクレバーなところだった。
あかねにはないその知的さは、芸能界という海千山千の中で過ごしてきた玲人にとって、打てば響くような反応が返る、心地いいものとなることだろう。そういう、全てにおいて『レベル』が合う人同士で話をするのが一番いい。
あかねは今まで見てきた玲人の気の配り方を見ていてそう思ったのだ。

(諸永さんが話の分かる人で良かった。本気になるなら、もっと『良い人』探さなきゃ。玲人くん)

速足で中庭から遠ざかって、校門も抜ける。

「んで、ちゃんと諸永に預けてきたの、お前」

ふっと校門の陰から掛けられた声に、うん、と反応する。光輝と優菜が待っていてくれたのだ。

「ちょっと光栄ではあったけど、私では玲人くんの夢を叶えられないしね」

ははは、と頭を掻いて笑うと、光輝があかねの頭をポンポンと撫でた。

「ホントにどこまでも『玲人くん』本意だよな、お前」
「まあ、それがあかねの良い所よね。一本気で。私はあかねのそういうところ好きよ」

優菜がコツンと肩を当てる。

ああ、やっぱりこの二人に囲まれていると安心できる。屋上で玲人に手首を握られたときみたいな、あんな動悸とは無縁のやさしい関係。

「推しは遠くから眺めてるのがいいよ、やっぱり」

あかねは言いながら歩を進める。

あかねの人生を明るく照らす一番星。それが玲人という存在だ。
空に燦然と輝く星と地上を歩くあかねは、同じ世界を見られない。ならば夕空に美しく輝く宵の明星(あけぼし)の隣に同じくらい輝く美しい星を配して眺めたい。それが玲人と桃花とのカップルだ。
玲人も、少なくとも桃花を嫌ってはいないみたいだったし、ひと言で玲人の行動を変える感覚は、少し話しただけでも玲人の為になると感じた。

「はあ~。もし玲人くんが『FTF』のまま誰かと恋人宣言したら、こんな感情だったのかな~」

喜び、祝福の気持ちの端っこに、一抹の寂しさ。それは手元から離れて行った推しを見送る、ファンとしての当然の感情だった。