平年より一週間ほど遅れて、という前置きをして梅雨明けが発表されたのは、一昨日のことだった。

 梅雨のにおいが残る夏の風に、葉を落とした花水木の梢の先が揺れる。頭上で風鈴がかわいらしく鳴る。

 「悩みごとですかな」と声がした。葉月だった。あげる、と差しだされたグラスを受けとる。色の濃い茶は、どこか甘く香ばしいにおいがした。

 「どっちだ?」

 「麦茶」

 「まじか」とつぶやいて、葉月は隣に腰をおろした。俺との間に麦茶の入ったボトルを置く。

 「葉月じゃないんだから」

 「俺だって最近はわかる」

 「だいぶ違うでしょ、麦茶と焙じ茶」

 「そりゃあもう、まるで」と葉月は大げさにいった。

 麦茶を一口飲むと、まったりした風が吹いた。頭上で軽やかに鳴る音を見あげる。

 「だしたんだね」

 「梅雨、明けたから」

 「葉月か。母さんかと思った」

 「今回は勝った」

 「勝つなよ、あの人また買ってきちゃうから」

 「あれはもう……」と葉月は首を振って苦笑する。

 母もまた、梅雨明けが報じられるとすぐに風鈴をだしてくる人で、いつか、葉月が先にこの縁側に風鈴をだしたとき、新しいものを買ってきてまで自分で飾ったということがあった。

その前からずっと、もうひとつくらいあってもいいわね、なんていっていたし、ずっと買うつもりだったのだろうけれど、あまりにちょうどいいときに買ってきたものだから、俺と葉月の間では先に飾られたのが悔しくて新しいのを買ってきたということにしてあり、時折こうして笑っている。

 俺はグラスのふちを口にあて、葉月の横顔を窺った。三秒ほど経ったところで、彼はこちらを見ずに「そんな見惚れんなよ」といった。

 「こんな愛おしい弟がいちゃ難しい話だね」とふざけながら、やはり違うなと思う。はなといるより、葉月といるときの方がずっと安らかな心持ちでいられる。

 「あの魔女はおまえにも魔術をかけたか?」

 「あれは魔女じゃない、天使か妖精だよ」

 「堕天使か悪霊の間違いじゃないか」

 「そんなこといってるから、こんな不恰好な形で事が進むんだ」

 「不恰好か?」

 「そんなぞっこん好きなのに、気を引くのが俺よりへたでさ」

 「おまえ、本当に気引けてんの?」

 ぎくりとした。

 「だっ、いや、それは……」

 葉月は愉快そうに声をあげて笑った。

 「そんなびくびくしてちゃあ、ほかのろくでなしに持っていかれるぞ。あのばか女、俺はかなり惚れっぽい奴と見た」

 「そうかな、一途だと思うけど」

 「願望か?」

 「本人がいってた」

 「そりゃずいぶん順調なようで」

 俺は「まあね」と自慢して、また一口茶を飲んだ。